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2006年11月13日 (月)

見た目で判断するな

かつて学校の先生をやっていて、現在は不登校児童たちを集めてカウンセリングや集団生活をしている教育指導者の人がテレビに出て色々話をしていた。


論調としては「今の教育はダメだ」という趣旨で至極真っ当なうなずける内容だったんだけど、ちょいと引っかかる部分があった。
教師や大人などは子ども達が髪の毛を染めて来たとか派手な格好をしているとか、見た目で判断して、その子本来の姿を見ていない。その子の個性というものを無視して画一的な型にはめようとしている。画一的な工業生産品の方が管理しやすいから。
という事も話をしていた。

確かに、学校教育の中で個性なんてあんまり伸びないとは思う。自分だって、中学時代に音楽にのめり込んで、さらに絵を書くことにのめり込んで来たのは学校教育とは違う部分だし、精神的な部分だって教科書じゃなく、それ以外の本や経験が大半だと思う。
でも学校教育にそれを求めるのもどうかと思う。
で、上記の話の中で変だよなぁと感じたのが「見た目で判断する」という部分を悪として見なしている事。

確かに大昔から「人を見た目で判断してはいけない」というのは仏教系の説話でも出てくる物。でもそこで言われている見た目というのは「貧しい格好」だったり「障害を持っている」だったりするっていう事。

今回の学校問題で言われている見た目は、茶髪・派手な格好やアクセサリー・化粧などなどの事でしょ? それって本人が望んで積極的にやっているスタイルなんだから、それは全然別次元の話。そう判断して欲しくてその格好しているんでしょ?
どこにもルールってのは存在していて、学校ではそれらをダメと言っているんだから、ダメな事をしてきたら指導されるのは当たり前の話で、それを「大人は見た目で判断する」と言われてもなぁって感じ。

派手な格好していて誰に迷惑かけましたか?という意見が化粧容認派のPTAからもあるらしいんだけど「それがその学校のルール」なんだからしょうがない。
事故おこしてないんだから飲酒運転のどこが悪い?と同じレベルだと思うのだ。

それに、髪の毛や服装程度で「これが個性」って言うのもどうかと思う。「キャラが無いのでとりあえずメガネ架けておけ」っていう芸人と同じレベルなのだ。

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コメント

髪の毛や服装程度は、個性化の始まりに過ぎないのですよ。って子供に教えてあげのは重要ですね。

要は中身だから。

その辺間違えずに、教えていくことが重要ですね。

確かに、形だけの「外見だけで判断するな」的な発言だとすると、深さがないので、子供達も成長しないでしょうね。

投稿: 清志朗 | 2006年11月20日 (月) 23時02分

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