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2006年11月14日 (火)

自殺しても生まれ変わるから大丈夫

先日放送されたイジメに関する特別番組の中で、小学生たちにイジメ問題などを自由に討論させるという趣旨のコーナーがあった。


そこでは「イジメが良い悪い」とか「イジメられる方にも問題がある」とか、ハッキリ言って社会問題化されていなかった自分が小学生時代のホームルームでも出ていたような意見が繰り返されているような感じではあった(昔よりドライですが)。
もっとも、自殺という言葉に関して「自殺したいと思った」という部分に挙手したのが半数以上というのは、「自殺」という単語自体に重さが無くなってしまったのかなぁという気もした。

軽いギャグ的言い回しとして「鬱だ死のう(宇津田氏脳などの表記)」というのがネット経由であるけれど、あのレベルかも知れない。「ちょっと嫌になった」というのを「ちょっと死んでしまおうと思った」まで軽く飛躍する状態で。

で、イジメによる自殺の話の中「でもイジメられてこの世が嫌になったら、死んで生まれ変わってくればいいじゃん」という意見が出た。その瞬間、その場にいた10数人の小学生達が一斉に「死んでも生まれ変わってくる」という話を口々に「死んでもさ、生き返るんだから」「1週間以内なら生き返るんだよね」「死んだ時はデビルパウダーをかければいいんだよ!」とかテンションを上げて話しはじめた。

しかし、そこでの生き返りという意味は「輪廻転生」とかではなく、テレビゲーム的だったり漫画的なニュアンスの「設定をチャラにして、もう一度最初から」みたいな感じだったのにちょい怖さを感じた。
仏教的に言われる輪廻転生は「現世においての行いが来世に影響するので、現世で功徳を積むことによって、生まれ変わった時に素晴らしい人生を歩むことが出来る」という、ある意味、信心深くさせるための嘘も方便という感じの部分なのだ。あと、死ぬ事への恐怖を和らげるための教えでもあるはず。
決して「生まれ変わるから今死んでも構わない」では無いのだ。

確かに、ドラゴンボールを初めとして多くのバトル系漫画では、主人公やその仲間が死んでも何んらかの方法で再生してくる。物語的には重要なキャラクターが死ぬってのは大いに盛り上がるので使いたくなる方法だと思うけど、安易だよなぁとしか思わない。
なんか近年の事件に関して「TVゲームの影響が」というアホなコメンテーターの意見は大ッ嫌いだけど「生まれ変わるので死んでもいいじゃん」という趣旨の発言には薄ら怖さを感じますな。

ところで、かつて涙ながらに「生まれ変わったら一緒になろうね」と言っていたあの人たちは、今でも生まれ変わったら再び巡り会うつもりでいるんでしょうか?

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コメント

デジタル化、規格化、画一化と、どんどん世界が記号操作ばかりになり、フラットな世界になり、子供達に深さがなくなっているのだと思ってます。
私達は、まだ何も無かった昭和30年代なので、子供の頃は決して便利でもないし、単純でもなかったので、成長の過程で色々な深さを学んだんだと思います。

こういった深さというのを、どうやって子供達に教えていくかが現代の課題なのではないでしょうか。

投稿: 清志朗 | 2006年11月20日 (月) 23時20分

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