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2006年11月22日 (水)

原田真二「てぃーんず ぶるーす」

Photo_19原田真二/てぃーんず ぶるーす
作詞.松本隆/作曲.原田真二/編曲.鈴木茂&瀬尾一三
フォーライフレコード/FLS-1010
1977年10月25日/¥600


「てぃーんずぶるーす」は原田真二のデビュー曲で、この曲に続いて3ヶ月連続シングルリリースという売り出し方をした(最近ではよくあるけど当時はすごく特殊だった)。
第2弾「キャンディ(11月25日)」、第3弾「シャドーボクサー(12月20日)」はそれぞれヒットして、オリコン10位以内となった。

Photo_20実は「デビュー3曲同時チャートイン」というのは史上初の快挙だった(ま、3枚を短期間連続リリース自体が無かったので当たり前かもしれませんが)
さらに1st アルバムも初登場1位という史上初の記録を作り上げている。

このレコード会社大プッシュデビューの裏に実は、所属レコード会社のフォーライフレコードの運営危機という切羽詰まった物があったらしい。
フォーライフレコードは1975年に井上陽水泉谷しげる吉田拓郎小室等というフォーク界の癖のある大御所4人が「自分たちが理想とする曲を理想とした環境で作りたい」という理念で結成した、日本初のアーティスト志向のレコード会社。

Photo_21結成当初はかなり話題になったが、売り上げが思うようにいかず、1976年11月10日に満を持して4人共同で製作したクリスマスアルバムなども「それぞれ4人のファンが買ってくれる」との思惑で、当時としては多い初回30万枚プレスで発表した処、まったく売れずに返品の山となって、さらに財政を圧迫してしまったという。

「フォーライフで独自の新人を育てなくてはいけない」とオーディションを行ったのだが、そこに高校2年生だった原田真二がいた。実はテープ選考の際に不合格になっていたが、吉田拓郎が興味を持ち原田が青山学院大学に合格して上京してきた処でコンタクトをとり、その年の10月に吉田拓郎プロデュースでデビューとなった。
曲自体ポップで覚えやすいというものヒットの理由だが、それと同時にアイドル的な容姿が女性ファンをつかむことになった。

Photo_22実はデビュー当初、原田真二は「テレビに出るのは嫌だ」と言っていた。これに関しては吉田拓郎などもテレビに出ないことを基本にしていたので強くテレビに出て顔を売れとは言えない状態だったのだ。
で、そこに登場するのが同年(1977年)吉田拓郎と結婚したばかりの浅田美代子で「やはり今の時代テレビに出ないとダメ」と原田を諭して渋々テレビ出演を承諾させたという。意外としっかりしてるじゃんミヨちゃん。

Photo_23その「テレビ出るのOK」を受け、いきなりデビューと同時(1977年暮れ〜)に東京12チャンネル(現.テレビ東京)で「歌おう!原田真二と(水:16:30〜17:00)」という原田がホストを務める音楽トーク番組まで始めちゃっている。当時の12チャンネルは超低予算でも番組作れたとは言うけど、激しくプッシュしていたのだなぁと思うのだ。
そんな社全体でのバックアップもあって3曲大ヒット、4曲目の「タイムトラベル」もヒットとなって、会社がかなり盛り返したという。

デビュー直後の1978年1月にTBSで「ザ・ベストテン」が始まっており、第3週の2月2日に「キャンディ」が初登場9位になっている。(デビュー曲のてぃーんずぶるーすはチャートインせず)
フォーライフがさらに盛り返すのが1981年の「ザ・ぼんち/恋のぼんちシート」。

Photo_24原田真二の2曲目「キャンディ」は当初から「ビートルズのミッシェルにそっくりじゃん」と言われてまして、それに関して自分も「否定出来ないよな派」であります。
実は原田と同時期に売り出してきた「世良公則&ツイスト」「チャー(Cher)」を雑誌なんかが勝手に「ロック御三家」なんて恥ずかしい名前でひとまとめにしてワケですが、その3組はちょいとビートルズ繋がりではないかと思っている。
原田真二「キャンディ」→「Michelle」
ツイスト「あんたのバラード」→「Don't Let Me Down」
チャー「気絶するほど悩ましい」→「While My Guitar Gently Weeps」
という図式で。

Photo_25もっとも自分は音楽の類似に関しては「音楽なんて基本的に伝承されていくものだし、前人にインスパイヤされなきゃ曲は作れるハズなので、似ている事に関しては全然問題にしないもんね」と考えているので、どっちの曲も好きなんですけどね。(筒美京平が好きって段階で、そんなの突き抜けて考えております)

しかし、原田真二は元々アーティスト志向が強かったために段々と歌謡曲的ポップから遠ざかり、チャートからも遠ざかっていくこととなる。(でも個人的にはアルバム『モダンビジョン』とかシングル「雨のハイウェイ」とは好きだった。
で、世間的にその後話題になったのは松田聖子との不倫疑惑だったわけですが。(松田聖子に関しては、原田真二は初期アルバムでも「パイナップルアイランド」とか「ピンクのスクーター」などの名曲を書いている。)

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