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2006年10月19日 (木)

槇原敬之と松本零士のパクリ問題:3

ブログの順番でこっちが上になってしまってますが、槇原敬之と松本零士のパクリ問題:3


歌詞のパクリだったら、もっと凄いのは山ほどいる。
例えば五木ひろし「よこはまたそがれ(作詞.山口洋子)」辺りはフランスの古い詩の翻訳みたいな流用だったり、松本隆もディランとかの詩を翻訳してまんま使ってます。

思いっきり判りやすい物では中原中也「在りし日の歌」に収録された「頑是ない歌」を、どっかで国語教師をしているあの人がマルッとコピペして作詞に自分の名前をクレジットしてます。(この曲の歌詞カードに元ネタとかの明記あるんでしょうか?)
自分はずっとこの曲、中原中也の詩を元に曲として組み立て直した物だと思い続けていたんですが、10年ほど前のインタビューを読んでびっくりしてしまいました。
なんせ「実はこの詩を書いた時、自分はまだ20代だったんですが、今思うとよくこんな深い意味の詩を書けた物だと、自分の事ながら感心しています」と答えていたわけで。
60年代からのフォークムーブメントの中で、古典的な詩に勝手にメロディを付けて歌うという流れもあったけれど、それの一種なのかなぁ。
それとも「元ネタは有名なのであえて引用と説明しなくてもいい」という感じなんすかね?

曲の方の詩は著作権の問題で掲載できませんが(今回、槇原の関係で検索して歌詞のコピペが山盛りになっていてビックリ)、中原中也の方は著作権保護期間が過ぎていますのでコピペ。

「頑是ない歌」中原中也
思へば遠く来たもんだ/十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた/汽車の湯気は今いづこ

雲の間に月はいて/それな汽笛を耳にすると
しょう然として身をすくめ/月はその時空にいた
それから何年経つたことか/汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつていた/あの頃の俺はいまいづこ

今では女房子供持ち/思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時(いつ)までか/生きてゆくのであらうけど
生きてゆくのであらうけど/遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこひしゆては/なんだか自信が持てないよ

さりとて生きてゆく限り/結局我ン張る僕の性質(さが)
と思へばなんだか我ながら/いたはしいよなものですよ
考へてみればそれはまあ/結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして/どうにかやつてはゆくのでせう

考えてみれば簡単だ/畢竟(ひっきょう)意志の問題だ
なんとかやるより仕方ない/やりさえすればよいのだと
思うけれどもそれもそれ/十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた/汽車の湯気は今いづこ

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