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2006年10月 8日 (日)

バンバン「「いちご白書」をもう一度」

0001_3バンバン/「いちご白書」をもう一度
作詞.作曲:荒井由実/編曲.瀬尾一三
CBSソニー/1975年8月


NTVの「ものまねバトル」をぼけーっと見ていた。
とりあえず対戦形式だけど「ものまねが似ている」より「笑える」が勝ったり、客席審査員が若いって事で「昔の曲で凄く似ている」より「今の曲をさほど似ていないけど歌っている」ほうが勝ったり、まそんなもんすね状態でやんした。
この手の番組の勝ち負けを気にする人はそういないので構わないのだ。

映画「いちご白書」サントラ
0000_23しかし、ちょい引っかかったのは「ばんばん/「いちご白書」をもう一度」が流れた時のナレーション「学生運動が盛んだったあの頃、誰もがこの曲に心を振るわせていました」というのが、あまりにもデタラメで「ナレーション原稿を書いた作家、呼んでこ〜い!」状態でした。
とりあえず、この曲では確かに60年代末にあった学生運動に関係した事が歌われているんだけど、それは学生運動が華やかだった時代に流行った「いちご白書」という映画を見たという事が前提にあって、それを一緒に見た当時の彼女を思い出している歌。
当然、学生運動があった時代の曲ではなく、いわゆる政治の季節が過ぎ去った後の虚無的な空気を歌っている曲なのだ。

0002_4映画「いちご白書」は1970年にアメリカで公開された映画なんだけど、日本での公開は1971年の5月。日本における学生運動のピークは1968年7月からの安田講堂のストが1969年1月に排除された時に終わったような状態。1972年2月の浅間山荘事件の時は「学生運動の超末期」でどうにもならなくなった学生運動の過激派が追いつめられた事件という事になる。
その時に二人で見た映画の事を「キミもこの映画が再びリバイバルで掛かっていたら見るんだろうか?」と歌っている。
しかもこの曲は1975年にリリースされていて、学生運動が盛んだった60年代末は遥か彼方の話になっていた。いわゆる「しらけ世代」とか言われ始めた頃の曲。
「学生運動が盛んだったあの頃、誰もがこの曲に心を振るわせていました」って何?

0003_3この曲はバンバンというグループが歌っていて、バンバンのグループ名はボーカルの「ばんばひろふみ:馬場弘文」の名前から来ている。
1971年に3人組(馬場弘文・高山巌・今井ひろし)としてデビューし、後に4人になり、この曲の時、1976年には2人となっていた。
途中で抜けたメンバーに、1993年に突然「心凍らせて」という曲をヒットさせ紅白歌合戦に出場した演歌歌手・高山巌がいる。バンバンを抜けた1975年7月にシングル「忘れません」でデビューをしている。(表題の曲はその翌月8月リリース)

0004_2この曲は「もう次の曲が売れなかったらレコード会社との契約も切れるので、これが最後の勝負」という所まで追いつめれた状態でリリースされた曲と言われている。
作詞作曲は荒井由実(ユーミン・現在は松任谷由実)で、彼女は1972年デビューなんですが最初は売れなかったが、徐々に注目を集め始めていた頃で、ばんばが「この人は凄い曲を書く」と自ら出向き曲を依頼したと言われている。そして、曲をリリースした途端にヒットしオリコンチャート1位になってしまった。

実は、ユーミンにとっての初めてのオリコン1位曲がこの曲で、その後の1975年10月にリリースした「あの日にかえりたい」で歌手として初めての1位を記録している。
その次の曲もユーミンの曲で「霧雨の朝突然に・・・(1976年2月)」、さらに次はさだまさしの「縁切寺(1976年8月)」、そしてばんばひろぶみのオリジナル作詞作曲「青春のラストページ(1977年6月)」が最後のシングルとして、バンバンは解散をしている。

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コメント

YOUTUBE
オリジナル「いちご白書をもう一度」
http://www.youtube.com/watch?v=VpGyE8_zSNQ

SMAP×SMAPでばんば&SMAP
http://www.youtube.com/watch?v=S9O9kmSUNYY

投稿: | 2006年10月15日 (日) 15時25分

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