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2006年9月14日 (木)

真鍋ちえみ「ねらわれた少女」

0001_2真鍋ちえみ/ねらわれた少女
作詞.阿久悠/作曲編曲.細野晴臣
CBS SONY/07SH-1150
1982年05月01日


真鍋といったら「眞鍋かをり」ではなく「真鍋ちえみ」...でもなく、自分の場合はイラストレーターの「真鍋博」さんでやんす。(星新一の挿絵で有名)
ということで、たぶん殆どの人が知らない80年代アイドル真鍋ちえみの1982年のデビュー曲「ねらわれた少女」。時代的にいったらモロに「ねらわれた学園」+「時をかける少女」って感じで角川かよ!という状態ですが、作詞は阿久悠。さすが腐っても阿久悠(この時期、低迷していた)キッチリとリアリティの無い状況がつかめない詩を書いています(褒め言葉)。
作編曲が細野晴臣なんですが、そのアイドル歌謡とは思えない楽曲をリアリティの無い歌詞で逆に地上につなぎ止めている感じがあります。

唯一のアルバム「不思議・少女」
0002_3真鍋ちえみはオスカープロモーション所属で、80年当初のアイドル時代到来を見てモデル事務所だったのが「うちでもアイドル出そうぜ」と3人の女の子(北原佐和子・真鍋ちえみ・三井比佐子)を「パンジー」というグループ名でデビューさせた。と言っても、3人で曲を出したワケではなく「セット販売」という状態でバラエティなどに出演して1作だけ映画『夏の秘密』にも出た。そして歌手としてそれぞれがソロデビューした。

この曲を作った頃の細野晴臣はYMOをやっていた時代で、その前年1981年に「BGM」と「テクノデリック」という名作アルバムを発表している。「テクノデリック」ではそれまでサンプリング音源を楽器としてそのまま使用する方法論(ビートルズが愛用したメロトロンなどの考え方)を進化させて、日本で開発された「LMD-649」というサンプリングマシンを使い、音源をさらに加工し新しい音源を生み出す事を実践している。そこで活躍したプログラマーが松武秀樹。

アルバムの歌詞カードにある使用機材の写真
0003_2実は「ねらわれた少女」はそこで作り上げたシステムを歌謡曲へ導入した実験台でもあったのです。もっとも、「テクノデリック」ほどの重い音はさすがに使えずに、やや薄目になっている。それでも異様なアイドル歌謡ですが。
この曲の前年1981年に、細野晴臣は作編曲で「イモ欽トリオ・ハイスクールララバイ」をリリースして大ヒットしている。こっちの曲はYMOでも初期の「ライディーン」路線で、YMOのパロディになっている。
ちなみにイモ欽トリオの名前は「たのきんトリオ」のパロディですが、パンジーは「女たのきんトリオ」などと揶揄される事もあった。

アルバムの歌詞カードにある使用機材の写真
0004_1しかし、残念なことにこの曲は売れなかったらしく、2曲目はガラッと方向性を変え作詞.安井かずみ/作曲.加藤和彦のルンバ調の曲「ロマンティックしましょう(1982.08)」。(でも加藤和彦マニアの自分はこの曲も好き)もっとも、この曲も売れたという話は聞かない。
その後、アルバム『不思議・少女(1982.08.25)』を出しテクノ寄りに戻り、3枚目のシングル「ナイトレイン・美少女(1982.10/細野作曲)」で歌手活動に終止符を打ち、モデルになり雑誌「CanCam」の専属になった。

アルバムの歌詞カードにある使用機材の写真
0005アルバムはプロデューサー酒井政利、スーパーバイザー(監修)細野晴臣で、全体的にテクノ寄りの音造りがされている。と言っても、「ねらわれた少女」以外の楽曲のアレンジに細野は関わらず、清水信之が「細野的」要素をちりばめながら行っている。

音的には確かにテクノ寄りの感じもするワケで、アルバムの歌詞カードには自慢げに「E-μ Synthesizer」「Roland MC-4 」「LMD-649」「Prophet-5」「Jupiter-8」の写真が記載されている。テクノ小僧には憧れの楽器だったわけですが。(今聞くと、当たり前の音造りという感じがしちゃうのは、今の音楽は普通に電子楽器が取り入れられているって事なんですが)

真鍋ちえみのボーカルはお世辞にも上手とは言えない物ですが、その表情を作れないボーカルがある意味テクノ的だったのかもしれません。しかし、彼女的には歌詞カードで「アルバムの中で一番好きな曲はGood・by-Good・byです」と、アルバム中もっとも非テクノな普通な曲(大貫妙子作詞作曲)を選んでいるあたり、色々難しい部分があったんだろうなぁと思ったりするわけでやんす。

細野晴臣はもともとカントリー系(南国系とか楽園系とも)の曲が得意な人で、作曲能力も高いので、メロディだけ取り出すとテクノではなく純然たるポップスが多い。
この曲の翌年1983年には中森明菜「禁区」なども書いている。
ついでに言うと、アイドル真鍋ちえみにこの様な「重いテクノ系」の楽曲を与えてしまった細野を含めたYMOは、翌年からアイドルおじさんとして「君に、胸キュン。」などの、軽薄にポップなテクノ曲を自らが歌い始めていくことになる。

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