« 三田寛子「駈けてきた処女-おとめ-」 | トップページ | 神戸のメロンパン »

2006年9月 9日 (土)

正田美智子サンが皇太子妃に内定

皇室のことについて先日ちょいと書いた訳ですが、現在の天皇と皇后が婚約発表(婚約という言葉は使いませんが)したのが、1958(昭和33)年11月27日のこと。


かの映画「3丁目の夕日」で描かれた昭和33年でやんす。
自分はその時代のことを知らないというか、まだ生まれてもいなかった訳ですが、あの映画を見ていると何やら庶民達のパワーを感じちゃう訳で、色々書物にかかれている話も「あこがれの近過去」という感じなのだ。

あの映画で書かれた1958年は戦後の復興によって盛り上がった「神武景気」が一段落したために、いきなり不況の波が押し寄せていて、年末に発表された経済白書では「この不況は中華鍋の底をはうような形で長引くであろう」と書かれ「なべ底不況」と命名された。
もっとも、この言葉は空振りに終わり、景気は年明けに再び急上昇に転じたため「V字型回復」と呼ばれ、逆に大消費時代が1970年の大阪万博時代まで続くこととなる。
それまでの景気を「神武景気」と呼んでいたことから、それを上回るということで天岩戸の伝説から「岩戸景気」とも言われた。

当時の皇太子が婚約相手として、日清製粉社長の長女正田美智子さんを皇太子妃にすると発表したのが、1958年11月27日の出来事。
社長令嬢ですが民間からということで「昭和のシンデレラ」として人気を得、学生時代に「ミッチー」と呼ばれていたことが雑誌で紹介され「ミッチーブーム」が巻き起こった。
群馬県館林市にある正田家の本家や、通っていた小学校までが観光地となって、観光バスが乗り付ける騒ぎになっている。
さらに群馬県館林市は紬(つむぎ)の産地ということで「ミッチーツムギ」「プリンセスツムギ」が売り出されている。

お妃に決定した際の記者会見で、正田美智子さんは皇太子の印象について「ご誠実でご立派で、ご信頼申し上げられる方」と答えたため、「ご誠実でご立派」が流行語となっている。
その二人が愛を育んだのが「軽井沢のテニスコート」ということで、軽井沢ブームがおこり、テニスブームもおこっている。

「3丁目の夕日」の中でも出てきたが、この年に大流行した物といえばフラフープがある。
もともと1957年の夏にオーストラリアで大流行したもので、その後アメリカで流行り、日本では1958年10月に発売され、異常なほど大流行している。
しかし、一通り欲しがる人々が購入してしまったためなのか、同年の12月には売り上げが急激に落ちて、後発のおもちゃメーカーなどは年末商戦を当て込んで大量に作ったが、在庫を抱えて倒産するような事態にもなっている。
さらに「フラフープは腸捻転を引き起こす」などという意見もあり、一気に人気は下火になった。

1957年に100円硬貨が流通開始したこともあって、1958年は一気に自動販売機が普及している。
映画では昔懐かしいタバコ屋のおばちゃんが登場していたが、それも徐々に自販機に駆逐されていくのだ。さらにジュースというのは駄菓子屋にとって大きな収入源だったのが、自動販売機にとって代わられ、駄菓子屋も下火になっていくキッカケになった。
なにか便利な物が出てくると、それによって何かが廃れていくというのは常なのかもしれない。
確かに、映画で描かれているように今の時代からみると、熱くて未来に夢があった時代だったのかも知れない。

でも、それから45年以上経過した今は、便利さを当たり前だと思い、初めてテレビが家に来たときの場面のような「全身が震えるほどの感激や驚き」を忘れちゃっているのかもしれない。
こうやって一般人の自分が感情をインターネットを通して不特定多数の人間に配信できるって、本当はとてつもなく凄いことだよね。

|

« 三田寛子「駈けてきた処女-おとめ-」 | トップページ | 神戸のメロンパン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 三田寛子「駈けてきた処女-おとめ-」 | トップページ | 神戸のメロンパン »