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2006年9月30日 (土)

Go! Go! 細野豪志

やっぱ、男として生まれたのなら将来は政治家、そして女子アナと不倫ってのは最高の夢だよな!


という事で、男の夢を具現化している細野豪志ですが、実はこの人に関しては政治家になるちょい前から知っている。
というのも、私は実は細野豪志の選挙区に住んでいるのだ。
本心はどうかは不明ですが、とりあえず政治家としては爽やかに理想を語る憎いあんちきしょうって感じではあります。

地元でしか聞く事が出来ないコミュニティFM局「Voice Cue」で毎週金曜日に放送している細野豪志の番組があるんですが、そこで政治的な問題をかみ砕いて分かりやすく解説していて、以前はよく帰りの車の中で聞いていた。最近はその時間までに仕事が終わらないので聞くチャンスも無くなってしまったけれど。

最近「TVタックル」なんかに出始めていますが、それに関しても「おぉツイに地元の政治家が全国区デビューだ!」と単純に田舎者的に喜んでいたわけですが、今回の不倫騒ぎで「さらに全国区へ躍進だ!」と無責任に思ったりするわけです。
不倫については、ダメな事だけど勝手にやってなさいなと思っちゃうし、ちょい昔の政治家なら愛人つーか妾なんかも当たり前にいただろうし、そりゃやり手で精力的で金も地位もある男のとこに女性が寄ってくるのは、当然の流れじゃないの?なんて事も思ったりするのだ。(多くの女性の反発を食らう発言でやんす)

しかし、この件に関して菅直人が「プライベートな事と政治的なことは別で、この件でどうこうという事は現在考えておりません」などとインタビューに答えていたのに、ちょい苦笑い。
だって菅ちゃんも数年前に不倫が写真週刊誌に書かれて、奥さんの前で謝罪した事あったから、そりゃ偉そうな事は言えないって。

その後の、あんまりマスコミに対して発言しない黙り戦術はちょいと頂けないワケですが、政治的には凄く情熱を持っていた人なのでこの件を払拭するぐらいに頑張って欲しいわけでありますな。

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2006年9月29日 (金)

ファーストレディ

安倍新内閣がスタートしたって事で「5年ぶりのファーストレディ」ってやつがワイドショー的に騒がれている。
なんかやけに「5年ぶりの」を強調するのってのが「小泉独身でやんの」って言っているようで、なんすかねえと思ってしまう。


ま、政治的な事は難しいのでワイドショーとしては家族とか泣けるようなエピソードとかに話を持って行こうとするのはしょうがないっすけどね。
特に今回の安倍晋三夫人はラジオのキャスターなんかもやっていたという事で、マスコミ的にも「よく判っている」ということで、タレント的にも扱いやすいという事で、激しくウェルカムなんだと思う。

A689
で、その新ファーストレディに関して、元ファーストレディの羽田孜夫人・羽田綏子さんが出てきて、あれやこれやを語っていた。
「ファーストレディは全ての行動が注目されているので、発言だけではなく、服装にも」などと延々と、いかに大変かを先輩として語っていた。
でも、羽田孜って1994年4月28日に就任して、2ヶ月後の6月30日に辞任しているんだから「大変なんですよ」と先輩面されてもなぁという感じではないのか?
とりあえずその間の話を「首相公邸 ハタキたたいて64日」という本にしている。

P.S.
その後の中国・韓国訪問に際して安倍夫人が政治的とは別の外交(小学校などに訪問)をして、そこで熱烈歓迎をされたという事がワイドショー的に取り上げられていた。
そこでコメンテーターの女性が「ファーストレディのいなかった小泉さんは、この状況をどう思って見ているんでしょうね」などと、なんか皮肉を含めたような口調で言っていた。

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2006年9月28日 (木)

TATOOあり

福岡県のホストクラブで、営業不振のホストに対して「てめえもっと頑張りやがれ!」と縁起がいいからとムリヤリ顔に刺青を入れさせたとして、経営者が逮捕された。


もともと、営業がよくないとして殴る蹴るの暴行を受けてたとの事で、その挙げ句の果てが顔に刺青だったワケですが、その刺青が尋常じゃない、
右目の横から頬にかけて長さ12cmほどの竜の絵柄。現在、その被害者は医者に通い刺青を消す手術などを受けているとの事ですが、それを完全に消去することは不可能だと言われている。
この刺青をムリヤリ入れられたのが4月17日の事で、それでも営業成績があがらずにホストクラブを解雇され、その後容疑者の経営しているタコヤキ屋へ異動させられていたという。(顔に刺青を入れたホストは逆に客が退くだろ)
そこをなんとか逃げだし、友人のすすめで警察へ通報したという。

しかし、顔に刺青を入れなくちゃいけない状況の被害者ってのは「退職」という選択肢は無かったんですかね?その後も、タコヤキ屋で働かされるってのは、何か離れざるを得ない事情でもあったんでしょうか。

で「成績不振」という事なんですが、実はこの被害報告を受けた警察は「え?この地区にホストクラブなんてあったっけ?」と、その存在すら知られていないような店だったという。(営業許可申請も無かったってワケですな)
しかもホストの人数も3.4人程度だったということで、被害者が努力するとか以前に、ほとんどの人が知らないようなホストクラブだったらしい。それでも被害者の男性は4年間勤務していたということなので、少なくとも4年以上運営されていたワケで。
成績とか以前の問題で、1日の売り上げが店全体で3万円程度だったとも言われていて「それってホストがいない普通のスナックレベルなんじゃないの?」という状態。

ここ1年ほど、ホストクラブというのがマスコミで取り上げられて、そっち方面も相乗的に盛り上がっているみたいだけど、それと同時にホストクラブ関連の恐喝事件や脱税事件なんかも多々報道されている。
でも、この犯罪はホストクラブのまねごとレベルで起こったモノだよなぁ

で、春頃盛んにテレビで持てはやすようにガシガシ出演していた、元ホストNo.1の城咲仁って、最近どうしているの?

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2006年9月27日 (水)

飲酒運転ぐらい大目に見ようよ(という事ですか)

石川嘉延静岡県知事が25日に公務員の飲酒運転について「酒を飲んだらすべて免職というのは、日本の雇用慣行からすると死刑判決に等しい」と語ったとしてニュースになっている。


ここの所、こんなに騒がれている最中だってのに、なぜ飲酒運転するかなぁという検挙者が続出しているワケですが、この中で公務員も多く飲酒運転で捕まっている。そして、もっとも重い罪として「免職」という判断が行われ始めている。
そんな最中、定例記者会見の中で「刑法でも罪状と結果に相応した罰則を科すのが原則だ。オートマチックに免職とするのはいかがなものか」とも語った。

ま、確かにね、飲酒運転を「そんなの誰でもやってんじゃん、ちょい出かけた時に、何かのキッカケで、まままま一杯となるのはよくあるじゃん」てな感じなのかもしれないけど(地方はとくに、何処へ出かけるのも自動車だし)、それをワザワザ公の場所でいう必要は無いとは思うわけで。

県知事の発言って事なので、それは公の発言って事になっちゃうので「静岡県人の総意」みたいに思われちゃ困るわけでやんす。
確かに「免職」ってのはあまりに重い罰だとは思いますが、そもそも「飲酒運転」ってのは、意識的に行う法律違反で、意識していたら絶対に行わない犯罪。それは「泥棒」などと同レベルだと思うわけです。
つまり、意図的に犯罪を犯してもその罪が軽ければ免職にはしないと言っているようなモノで、泥棒しても軽ければOKみたいな感じに思ってしまう。

罰が免職となっているのは「飲酒運転」という犯罪を、そのぐらいの罰がなければ「別に犯罪じゃないじゃん」と気軽に犯してしまうのを抑止する効果があるんじゃないかと思うワケで。それ以前に、そんな罪をぶら下げないと公職に就いている人が犯罪犯しちゃうってのは恥ずかしいんだけどね。

とりあえず静岡県人として県知事の発言はちょい恥ずかしいなぁと思っています。

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しあわせ?

ふと思うわけです「しあわせって何?」と。


かつて明石家さんまがCMで「幸せって何だっけ?」と言っていたけど、あれの答えは「キッコーマン『ポン酢しょうゆ』でナベを食べること」だったワケですが、最近どうも食に関して激しくタンパクになってしまった私にとって、少なくとも美味しい物を食べるってことじゃないわけですが。
と言いつつ、体調が悪くなければきっと「食べること」も楽しいんだろうなぁと思うので、「食べることを幸せだ」と思う生活って、それはそれで楽しいんだろうなと思ったりする。

同じように、もともと酒をまったく受け付けない体質なので「酒が旨い」って事を幸せと思うって事も、自分の尺度にない幸せなんだろうなぁ、と思ったりもする。
でもって、今ふと「しあわせてって何?」と思う。

実際の事を言うと「しあわせ」という単語は「仕合わせ」という意味が元になっていて、良くも悪くも何かの巡り合わせで物事が動いていく、気持ちが動いていく状態を指していたものだと言う。
つまり「何も変化しない、何も変わらずだらだらと流れていく」という状態は幸せではないんじゃないかと思ったりするワケです。
日々に追われ、なんか時間に追われるだけで自分の事すら振り返る事も出来ない生活も幸せではないんだろうなぁと思う。

なんか、今「心が折れる」ってこういう状態なんだろうなぁと痛感している最中なので、なんか「あたりまえ」の生活って何?とか、色々答えが見つけられないような事をふと思ったりする。
なんかダメな大人になっているなぁと思っている自分がここにいる。

しあわせって何なんだろう。

※最初の文章で「キッコーマンポン酢しょうゆ」を「ミツカン味ぽん」と書いてあったので、こっそり修正。メガですさん、おおつぼさん指摘ありがとやんす。

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2006年9月26日 (火)

夏はこれから!

相変わらず携帯電話に無差別DMが着信する。


そこに書かれている内容は相変わらず、脳細胞の欠片も使用していないような頭の悪い内容がほとんどなんだけど、これだけ相変わらずが続くってのはどっかで引っかかっている人が存在しているので、商売として成り立っているって事なのかなぁ。
明らかにウソと思えるような、女性からの「この間はすいませんでした?」とかに反応しちゃう人はいるんでしょうかね?
本当に思い当たる人とか、間違って送ってきたのをキッカケに知り合いになりたいと下心満載で返信する人がいるって事なんすかね?

たぶん、これらを送っているのはペーペーの詐欺グループ要員か、それで金儲けできんじゃねえか?と思った街角のチンピラって所なのかも知れないけど、なんかご苦労様という感じでもある。

以前、パソコンのほうに毎日10通近く同じアドレスから送ってきたDMは凄まじくて、ほとんどフルタイム、真夜中から日中までコンスタントに送ってきていたんだけど、その毎日10通近く送ってきていたDMの文面が全部違う物だった。
それもそこそこ長文で、それなりに毎回設定を変えて送ってきていたんだけど、これあたりは1日中文面を考え続けて、書き終わった所で送るを繰り返していたんじゃないかという感じ。
でも「裕美子で〜す、昨日はどうもお疲れ様でした」と送って来た同じアドレスで「私、都内で教師をしているサチコと申します」と別女性名義の文章が送られてくるので、文章を書く能力はそこそこあるけど「やはり馬鹿」に代わりはないのだ。

逆に、何度も何度も同じ文面を送りつけてくるパターンもある。
これなんかは明らかに「業者必死」という状態が見え見えなので、文面を読まずに削除対象になってしまうのだ。

そんな中、あきらかに1度書き上げた同じ文章を延々と色々な所に送り続けているんだろうなぁというDMが携帯電話のほうへ届けられた。
なんせその文章の書き出しが「いよいよ夏本番!彼女がいない夏なんて寂しいですよね」だったのだ。
あきらかに9月末日に送ってくる文面ではない。
たぶん夏前に入力した文章を何も考えずに日々、色々な所へ送り続けているんだろうなぁ。

メールの使用金額は安いけれど、もしかしたらメールの使用金額の半分以上がこの手のDM業者によって賄われているのではないか?と思ってしまうのだ。

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2006年9月23日 (土)

投資ジャーナル・中江滋樹

いやはや懐かしい名前が出てきました。


1980年代前半、歌舞伎町の風雲児と呼ばれていた投資顧問会社「投資ジャーナル」の運営者・中江滋樹が「自宅放火未遂」ということで逮捕された。
1980年代前半7800人ほどの会員から総額584億円以上の資金を調達していたが、それが詐欺罪として逮捕された「投資ジャーナル事件」
もっとも、多くの人にとってその事件そのものより、逮捕直前の1984年に写真週刊誌にスクープされた、アイドル倉田まり子との関係写真だったと思う。オウムの教祖やひょうきん族の懺悔の神様と同列のむさい顔のオッサンと旬は過ぎていたけどアイドルのツーショットはかなりインパクトがあった。

どこぞの和風旅館の布団の上に二人で座っている写真が掲載され「愛人関係だった」と書かれていた。そんなに倉田まり子に思い入れもなかったので、事件の詳細や、その後はどうなったかなどはそんなに詳しくはしらないんですが、「700万円相当の家を贈与されていた」とか言われ(ガセだったらしいけど)、結局そこでプツリと芸能界から消えてしまった。
実はこの倉田まり子が中江と知り合うキッカケになったのが、当時所属していた事務所ニューバンブーの紹介だったらしく、あの雑誌に掲載された写真も事務所の関係者が紹介した際にただ撮影したモノだったとか、言われている。(つまり愛人関係というの自体が無かったとされている)

その後彼女は弁護士事務所で必死に勉強をして、司法試験予備校の大手の執行役員にまでなっている。
そこでは本名で活動をしていたんですが、2001年に某「匿名で書き込みが出来る巨大掲示板」に出来たなつかしいアイドルについて語るスレッドで現在の職業や名前、さらに当時の事件のあれこれ(あること無いこと、無いことが多かったらしい)書かれ、さらに現在の地位に昇り詰めた事に関しても、関係者の愛人だったからだとか。
それで、色々勤めていた予備校とも難しい関係になってしまい退職し、現在はビジネス関係の講演や講師として活動をしているらしい。
現在、彼女が本名で活動してサイトも開催しているんですが、掲載された顔写真を見ると年月の経過を感じますが、凄くシャキッとした感じもあり、強く生きているんだなぁと感じます。

で、今回事件を起こした中江滋樹ですが、こっちはそれとは対照的にダメダメ人生をひた走っているようで、1984年、発覚した直後に海外へ逃亡し、8ヶ月近くアジア諸国を転々とした後に帰国。その直後の1985年6月に詐欺罪で逮捕され、1989年に懲役6年の判決を受け服役となっている。
つまり少なくとも1995年には出所しているワケですが、その後の消息は不明(一時期は関係者に殺された説もあったらしい)。

2003(平成15)年に、突然実家のある滋賀県へ戻り生活を始めたという事らしいけれど、明らかに戻ってきた直後から変な人としての行動を開始し、犬の散歩をしていた際に糞の後始末をしなかった事を近所の人が注意した所、いきなりその糞を投げつけたとか、近所を歩いている人に突然殴り掛かったり、何かに対して被害者意識ばかりが妄想として膨らんだ状態になっていたらしい。
さらに住んでいたいた自宅(母親と同居らしい)はゴミ屋敷状態になりつつあったとの事。

今回の放火事件に関しても、最初は近所にある布団屋に出向きそこにある布団に火を付けた事がキッカケで警察が駆けつけ、中江を探していた所、ちょうど自宅に灯油をまき火を付けようとしている所に遭遇し、取り押さえ緊急逮捕になったとの事。
この布団屋はあまりにも中江の奇行が激しく危険なので、中江の母親へ「精神科のある病院へ収容してくれ」とお願いしていたという経緯がある事から、それを恨んでの犯行らしい。
その母親によると、中江は離婚歴がありその妻が子供と会わせないようにした事がキッカケでおかしくなったと言っており、かつて1ヶ月ほど入院した時期もあったという。
布団屋には「お前らのせいで地獄のような生活をすることになった!」と怒鳴り込んでくる事もあったという。

これら話を聞くだけでも、かつての歌舞伎町の風雲児も完璧に駄目な人になってしまっていたのだなぁと言う感じなのだ。
現在52歳という事なんですが、中江が投資ジャーナル社を設立したのが1978年、24歳の時ということになる。ここで投資者から金を集め、それを資金に安い株や物件を買い、高くつり上げた状態で売りさばくを繰り返していたワケで、それはすぐに暗礁へ乗り上げてしまい、100億円ほどの赤字を出しアウトになっている。

若さで言えばライブドア堀江、手法で言えば村上ファンドてな感じで、今年を象徴する事件とリンクするような人物の結末がこれなのかぁと、なんか突然今年を総括するような状態になってしまったのだ。
きっと本当は頭がいいのかも知れないけれど、そんな人物のタガが外れてしまうとこんな事になるのだなぁ。

P.S.
以下のサイトでは当時・中江関連で弁護士を務めた方が書いているブログでの「倉田まり子事件の真相」が書かれています。
その1その2その3
この文章は2005年1月に書かれており、その時点では「中江氏は死んだのかも知れない」「倉田さんは主婦でもやっているのかも」と書かれていますが、それほど時間が経過し、連絡の取れない状況になっていたという事なのでしょう。
現在の倉田さんの仕事のサイトなども調べればすぐ判るとは思いますが、興味本位で騒ぎ現在の仕事に影響が出るのもどうかと思いますので、リンクは貼りません。

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2006年9月22日 (金)

鴨が葱しょって

9月21日に神奈川県横須賀市内のホームセンターで4人組が万引きをして、その内の一人が現行犯で捕まっている。


ホームシアターのシステムなど計10点、金額にして約7万4000円相当の品を万引きしたという。
逮捕された一人によって早々に残り3人の身元も判明したらしく、警察は3人の逮捕状請求を準備していた。万引き犯はよっぱどの証拠がないかぎり現行犯以外では逮捕しにくいらしいけれど、金額もそこそこで、計画的な組織だというのと、その内の一人が捕まっていることで、逮捕状請求となっていた。

で、その請求がまだ出ていない段階で、横須賀署に「逮捕された人物の身内」と名乗る3人組が「着替えを持ってきたので渡したい」と訪れたのだ。
その3人は、逮捕された一人が供述したまんまの残り3人で、あっけなくその場で逮捕となった。
どうやら、この3人は先に捕まった一人が自分たちのことを供述していないかを探るために面会に訪れたという事らしい。
なんかアホすぎて、素晴らしいです。

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2006年9月21日 (木)

石原ちゃん

公立学校での国歌斉唱とか国旗掲揚とかに関して「そんなのやるもやらないも自由じゃん」と裁判で結論が出た。


それに関して「絶対、この話にかみつくよね」という予想に案の定、石原慎太郎都知事が「んなもの、実際の都立高校の実態を知らねえ裁判官の意見だ、ざけんじゃねえぞ」的な事を言っていた。
でも、国歌斉唱・国旗掲揚を義務づけたからって、学校が荒れなくなったり、生徒の統率がとれるとは思わないけどね。もっと別の根深い所が多いんじゃないかと思うし、学校以前に家庭の問題も多いと思う。
とりあえず「国歌斉唱は強制じゃないんだろ?」と式典の場面など、国歌が流れた時にアホな生徒が必要以上にこれに拒否反応を示して騒ぐとかの統制の取れない状態に陥る可能性が怖いッスね。(歌わないのは自由だが、式典で騒ぐのは自由じゃない)

歌う歌わないで現在もめている教師(の多分、極一部)は思想的に「なぜ拒否するのか?」と内容を認識しているとは思うけど、その結論だけを聞いた中には「とにかく反対するほうがいい」と思ったり、中には「とりあえず体制に反対する方が格好いい」レベルのアホも同列に「国歌斉唱反対!国旗掲揚反対!」を掲げるケースがあるだろうなぁと言う部分が、ちょい怖いなぁと思ったりする。
表面的に「軍国主義に流れていく恐れがある」として今回反対をしている人もいるんだろうけど、この「なんとなく流れとして反対するのっていいじゃん」派が一番軍国主義へ流れていく時に大きな主流になるんじゃないかと思ったりするのだ。

石原慎太郎に関しては、8月の末に「オリンピック候補地」に関しての選挙で見事「東京オリンピック(2)」として候補決定したけど、あれに関しては色々胡散臭いオッサンだよなぁと思った部分がある(ちょうどこれが決定した時期と、自分の体調が思わしくない時期が重なっていて書くキッカケを失ったワケですが)。

今回、安倍晋三が次期総裁に決定した事からオリンピックに関して「IOCでの競争に勝つため、外交面での協力を含め政府による幹事を置いて欲しい」と発言したという。
8月の段階で小泉首相に「東京がオリンピックの国内候補地として決まった事から、五輪担当大臣の設置を要請する」と伝えている。
もし「五輪担当大臣」を作るとしたら一番そのポストに相応しいのは、都知事の長男だって話しも噂されている。

でも石原慎太郎の狙いはそんな部分じゃないんじゃないかと思うのだ。
とりあえず、近々ある都知事選のための布石でもあるんだろうけど、それ以上に大きいのが「オリンピック候補地という名目での都市開発」じゃないかと。
IOCに対して「東京どうっすか?」と立候補する段階で、ある程度競技場などの施設が整っている事が重要になるので、決定せずとも大きなスタジアムを作る計画や資金調達が出来るのだ。
なんか「今度のオリンピックが北京でしょ? じゃ、そのちょい後のオリンピックでこんなに近いアジアの片隅が選ばれるワケねえじゃん」という感じに言われているので、最初から「オリンピック候補」というのは表向きで、本心は「それを名目に都市開発を東京都の事業ではなく国の事業として国家予算を引き出す大作戦」って事なんじゃないかなぁ
などと、あんまし詳しくない自分は思ったりしちゃうのだ。

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2006年9月20日 (水)

安倍晋三という人

次期総裁は誰?とか言われ始めた当初から「どうせ次は安倍でしょ?」と言われてきたんですが、結局当たり前のようにそこへ結論は着地した。


とりあえず適当に書いてみた
Abesi春頃かネタとして、漫画「北斗の拳」の模写で1コマ目「アタタタタタタタタタッ!」、2コマ目でケンシロウが「お前はすでに総裁に決まっている」、3コマ目で安倍晋三の似顔絵を描いて「アベシッ!」というのを考えていたんだけど、テンションがそこまで上がらず、そのうち「どっかで誰かが先に書いているだろう」ということで、書かずに今に至っております。

安倍晋三というと、父親が幹事長をしていた時期の事が印象に残っている。タモリだったかがラジオで「安倍幹事長」を「あら、感じちゃう」とネタにしていた為にインプットされちゃっているワケですが。(下らない事ばかり記憶しているヤツ)

で、総裁選で秋葉原の街頭演説の際に、麻生太郎が「秋葉原のオタクのみなさん」と一言目にぶちかましたり、異常とも思えるほどの漫画好きという事で、ネット内で人気があるとTVでも言っていたんですが、安倍晋三も漫画は好きなハズなのだ。

2006012902安倍晋三が初当選したのは1993年で39歳の時なのだが、少なくともその一年生議員の頃まで毎週「少年ジャンプ」を自分で購入していた。
なんせ毎週月曜日に議員会館へ登庁する前に、途中のコンビニで「少年ジャンプ」を購入して、かばんと一緒に小脇に抱えていたと言う。それを見つけたのが、少年時代に家庭教師をした事もある平沢勝栄で、安倍晋三を呼び出し「政治家としての自覚を持て!」と怒鳴ったという。

漫画オタクって事では、麻生太郎は現在でも月曜日は「ジャンプ」「スピリッツ」水曜日は「マガジン」「サンデー」木曜日は「ヤンジャン」「モーニング」「チャンピオン」を欠かさずに愛読しているらしい。その雑誌は全て運転手が購入して移動の車の中に常備してあるとの事。
アメリカ留学していた時代は「マガジン」「サンデー」を毎週、船便で送ってもらっていた。それを送る役目は父親で政治家・麻生太賀吉の秘書。

安倍晋三というと父親は「安倍晋太郎」、母方の祖父は「岸信介」、大叔父は「佐藤栄作」、父方の祖父も政治家「安倍寛」というバリバリの政治家血脈だけど、もっと古くまでたどっていくと先祖には前九年の役(1051-1062年)で源頼家などに敗れ、太宰府に流された安倍宗任に行き着く。さらに安倍氏の傍流には安倍晴明もいるとの事。(晋三の母(岸信介の娘)が雑誌で発言している)
という由緒正しい家系なのだ。
麻生太郎とは血が繋がっていないが遠い親戚(政治の中心にいた家系はなんらかの形で繋がっていたりするんですが)。麻生太郎の祖父・吉田茂の娘のムコのいとこが安倍晋三の母方祖父の岸信介。こりゃ遠いや。(麻生太郎から見ると、オバサンが佐藤栄作・岸信介のイトコと結婚した状態)
簡単に書くとこんな家系図
Abekakei

そういえば去年の夏、小泉ちゃんがいきなり「選挙なのだ!」と郵政民営化を焦点とした選挙態勢に突入する直前「メルマガ/ブログ作者と自民党幹部との懇談会」という企画を自民党がブチ上げた。
その時、安倍晋三名義のメールがいきなり私の所に届けられた。
どんな規準でか不明ですが、私も「ネット上で信頼性が高いと判断させていただいたメルマガ作者およびブログ作者」という事で選ばれたらしい。
しかし、8月23日にメールが届き、24日23時までに出欠の有無を返し、25日の19時に自民党本部4階総裁応接室に集合!って無茶なスケジュールだったので、参加できなかった。
あぁ安倍ちゃんに逢いたかったなぁと思っていたんですが、その当日、テレビで「報道ステーション」を見ていた所「大型台風が列島を直撃」というニュースが流されていて、浜松辺りで運行中止となった新幹線の中から、その安倍晋三が「今、足止めされまして」などと電話インタビューに答えていた。
結局、自分も参加表明していても新幹線止まっていて不参加になってしまったワケで、
どっちにしろ、安倍ちゃんには逢えなかったのだ。

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2006年9月19日 (火)

パンダも熊

ここ最近「蜂に襲われて..」とか「熊に襲われて...」という事件が頻発している。
山での食べ物が思ったより少なくて、人里にまで降りてきたとか色々な話がされているんだけど、これは色々な要因が重なっていて難しい問題っすねぇ。


00panda01動物には動物なりの切迫した理由があっての事なので。
そんな中で、銃で撃たれた熊が死んだふりをして近づいた人間に逆襲したという事件が発生した。
これはたぶん、撃たれた時に仮死状態になったんじゃないかと思う。いわゆる「タヌキ寝入り」という言葉ありますが、タヌキは気が小さい動物なのでちょっとした事で気を失って倒れてしまうので、銃で実際には撃たれていなくても大きな音がしたと言うだけでバタンと倒れてしまう。
そこで人間が近づいてきた時に「ハッ」と我に返りいきなり逃げ出す事が多かったので「寝たふりをしている」と思われるようになったのだ。

00panda02熊に関しては昔から「熊は死んだ物には興味を抱かないので、死んだふりが良い」とか言われているけれど、北海道ではかつて熊に遭遇した人がばたりと倒れて死んだふりをしたのだが、その倒れた人の上を熊が歩き、圧死したという事件が起こっている。
他にも熊が目の前でいきなり倒れた人間に興味を抱きちょっかいを出すケースもあるという。
実はこの「死んだふり」という俗説が出てきたのはイソップ物語の中に出てくる童話のエピソードが元になっている。あくまでも童話の中の話。

よく言われているように、山中を歩く時に大きな音を出しながらいけば、元々気が小さい動物なので近寄らないらしい。いきなり目の前に人間が出現すると、驚いて戦いを挑んでくるという。
あと、遭遇しちゃった場合は慌てず騒がず(いきなり大声出したりすると、熊が興奮してしまうので)、じっと熊をにらみつけながら、じりじり後ずさりをして、間合いを広げた所で一気にダッシュして逃げ出すのが効果的と言われている。
もっとも熊は自動車並のスピードで走る事が出来ると言われているので必死になって逃げるべしなのだ。

00panda03そんなこんなの事故が日本で多く発生している中、中国の北京動物園では酔っぱらいが2mを超える柵を乗り越えてパンダ檻に入り込み、パンダに噛みつかれたという事件が発生している。
いきなり突入してきた男性に驚いたパンダが攻撃をしてきたワケですが、それに対し酔っぱらいは「テレビで見たパンダは人懐っこそうだった。なのに、人を噛むなんて。そんな話聞いてない」と反撃として、パンダを蹴り飛ばし、挙げ句の果てはパンダの背中に噛みつき返したという。
それを見ていた飼育員があわててホースの水を最大にして放出し二人を引き離したというのだ。
男は保護された後で「パンダの背中は皮がとても固く歯が立たなかった」と言っているらしい。
とりあえずパンダも「大熊猫」ですので、いくら姿がかわいらしくても熊ですからねえ。

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2006年9月18日 (月)

続ミラーマン

先週の話になってしまいましたが、ミラーマンこと植草一秀(現在.名古屋商科大客員教授)が9月13日に京浜急行の車内で酔っぱらった状態で17歳女子高生の下半身を触ったということで、京急蒲田駅で乗客に取り押さえられた。


00uekusa01本人は「覚えていない」と言っているらしいけど、植草は過去に二度も性犯罪を犯しているので、いまさらそんな事言われてもねえ状態。
酔っぱらって本人の抑制のタガが外れてしまったとも考えられるけれど、京急品川駅から電車に乗ったらしいけれど今回乗っていた電車が自宅とは逆方向へ向かっているので、意図的な物があったんじゃないかと思われるのだ。

とりあえず捕まった直後は「覚えていない」とか「電車を間違えたと思う」とか発言していたので、酒を飲んでいてそれもあり得るかなぁという部分もあった(かといって痴漢行為が許されるワケじゃないけど)、でもその後取り調べが進む内に植草の発言内容が「警察のでっち上げだ」へ変わってきているらしい。

それはダメすぎだよ。かつてはビジネス界でのニューリーダーとして「グローバルな視点を持ち国家的な経済戦略を考える事が出来る優秀な人材」と将来を有望視されていた人なんだから、もうちょっと全体像を見直してまっとうな発言が出来ないかねぇ?
前回のミラーマン事件が起こる直前までは「竹中平蔵が総務相を辞めた後、次代は植草一秀だ」とまで言われていたのに...。こんな性癖がなければ、阿部政権の中核に入り込む事が出来ていたのかも知れないのにねえ。

00uekusa03しかし「やってない」とか「覚えてない」とかではなく「でっち上げだ」とか「はめられた」などと言い出すのは、もう追いつめられた末のアホ発言ですなぁ
世間にミラーマンとして知られている植草を今さらハメて権威を失墜させる必要性も無いんですけどね。
やはり性犯罪ってのは、かの田代まさしの事を持ち出すまでもなく「その人間の抑制された本質」なので再犯が多いんでしょうかね?

植草は前回のミラーマン事件の時の裁判で無罪を主張して「えん罪だ」と言っていたけれど、かつても同じような事件があった。
某サラリーマンが電車の中で痴漢行為を行ったとして逮捕された事件で、えんえんと「えん罪だ」と主張していた事があった。当時はそんなケースが色々あって「女子高生がウソをついて関係ないサラリーマンを犯罪者に仕立て上げて面白がっている」という遊びも存在しているなどとも言われていた。
そのえん罪を主張する男性を支援する団体も生まれ、裁判とは別に「痴漢えん罪事件を世に問う!」として市民運動を行って、休日は色々な駅前で署名活動などを行っていたと言う。
そんな男性が、とある日、電車内で無理な姿勢で座席に深く座り、正面に座っていた女性のスカートの中を携帯電話のカメラで撮影していたとして取り押さえられてしまったのだ。
その次の瞬間、その男性は携帯電話をバキッと折り曲げ使用不可にして(データは残っていると思うんですが)「そんな事はしていない!」と弁解したという。何もしてないのに証拠隠滅を謀るって...。
しかもその盗撮事件を起こしたのは、新宿駅前での「免罪署名運動」の帰りだったというのだ。
結局、エロい気持ちってのは抑えきれない物なんですかね?

00uekusa02P.S.
以前、ミラーマンとして裁判で有罪になった後、色々批判はあったが今年4月から1年契約で客員教授として採用した名古屋商科大学大学院が、9月26日付けで免職処分としたと発表。

P.S.2
10月に入って痴漢行為を「電車が揺れて手が触れただけで、女子高生の勘違いではないか?」と論調を変化させているみたいですが、その後の家宅捜査で植草の事務所からセーラー服が発見されたとの事で「女子高生大好き!」ってのは、言い逃れが出来ない状態になっている。
あと自宅からは猥褻なDVDが多量に発見されたという報道があったけれど、これに関しては多くの男性諸氏が「それは勘弁してやれよ」と思っていると思いますが。
ちなみに、この「罪を認めない」「警察のでっちあげ」と再犯なのに言い続けている事から、保釈請求は10月6日に却下されている。まあ、しゃーないっすね。

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2006年9月17日 (日)

西城秀樹「ジャガー」

0西城秀樹/ジャガー
作詞.阿久悠/作編曲.三木たかし
1976年/¥600
RCA/RVS-1011


なんつーか青春ってヤツは取り返しが付かないほど周囲が見えないパワーで前のめりでぐいぐい行っちゃうのだ。
人間には二種類あって、それを後で「恥ずかしい」と思ってあまり語りたがらないタイプと、それを「武勇伝」として自慢げに話をするタイプがある。
前者というのは、客観性を持っているので問題はないのだが、後者はとにかく自分の熱さをむさ苦しいとか思わず、年々「これでいいのだ」とその熱さをさらに増幅させていっちゃうのだ。そこまで生きてきた自分のスタイルが間違いとは思っていないので、若い時以上に熱くなっちゃうのだ。

そんなこんなで歌謡界には「青春物」というジャンルがある。歌謡曲自体が若い世代をターゲットにしているので、全部青春物ではないか?と思われがちだが、自分的には「伝えたい思いが歌からこぼれちゃっている曲」を青春物と定義している。
そのこぼれちゃっている部分は「語り」だと思う。ここで青春独特の青臭さが表面化する。
例えば近藤真彦の「さよならなんて言えないよ、バカヤロー!」という絶叫型が典型的だけれど、他には加山雄三の「幸せだなぁ僕は君といる時が一番幸せなんだよ」と言う語りなども青春の蒼さプンプン。
女性でもあべ静江なんかが「お元気ですか、そして今でも愛していると言ってくれますか?」なども青臭い感じがします(古い例えを中心にお送り致しております)。

そんな中で青臭いとか青春とか絶叫とかを通り越して、ワケ判らなくなっちゃっているのが西城秀樹の「ジャガー」という曲。
西城秀樹の「白い教会」という曲の中にあるセリフでも「涙なんか、涙なんかいるもんか!ばかやろぉぉぉ!」という近藤真彦の原型が歌われている。とにかく70年代の西城秀樹は熱かった。

とりあえず「ジャガー」というタイトルの曲なので、ジャケットにもそれらしいシルエットが描かれています。で歌詞の中にコーラスで何度も「ジャガー」という言葉が出てくるんですが、歌詞をいくら読み返してもそれが動物のジャガーに繋がりそうな部分がない。なぜジャガーなのかが一切説明されていないのだ。
延々と「オレは愛に命をかけるぜ!」という事が歌われている。阿久悠という作詞家はただ者ではないという感じがプンプンするのだが、やはりそこには西城秀樹という熱さを誘引する媒体が存在しているのだ。

で、一番と二番の間に長い語りがあるんですが、そこがとにかく熱い。
「君が死んだら 俺は死ぬ、でも 俺が死んでも君は死ぬな!
  君ひとりでも愛は生きる、俺ひとりでは愛は死ぬ!」

もう何を言っているのか自分でも判っていないんじゃないかという感じの迷走具合。
最初の一行はいいんですが、二行目に至っては「俺が死んだとしても君は俺との愛を育み続けろ!」と言っておきながら「でも君が死んだら俺は君との愛を続ける事は出来ない」と、死んじゃったら別の女を好きになっちゃうよ的な感じの事を平然と言っちゃっているのだ。君が死んでも俺も愛を守り続けろよとか思うのだが、なんつーか自分勝手に熱くなっちゃっていないか?状態。

さらに熱いお言葉は続く。
「しゃべるな!何も言うな!!目を見ろ 何が見えたか?
  炎が見えたか!? 君を愛する炎が見えたか!!」

もうね、相手に何も考える余裕を与えないで、質問→すぐ答えを自分から導き出して相手に強要するという、田原総一朗並の矢継ぎ早さ加減。
そこで小泉政権が終わり、安倍政権がどう変化すると思う?え?安倍は小泉と違う?そう思う思わない?そうじゃないの?え?もちろん安倍は違うとは言えないよね?えどうなの?あここで一旦コマーシャル。と。
もうオウム真理教のマインドコントロール時並に、相手に何も考える余裕を与えずにその教義を頭に流し込んでいるのと同様の手口なのだ。

ヒデキは勝手に「炎が見えたか?」と結論を出した直後に、勝手に舞い上がってこんな事を言い出す。
「さあ来い 飛んで来い、抱いてやる! 抱いてやるー!」
もうテンション上がりまくって結論は「ただ抱きたい」だけじゃないかという感じがしちゃう、とにかく熱い男なのだ。

ちなみに70年代後半、いきなりヒデキは爽やか路線を打ち出してきて「聖少女」とか歌い初め「僕の音楽ジャンルはロックでもポップスでもないポップンロールなんですよ」と恥ずかしい事を言い出すような男に成り下がってしまいました。
いつまでも血管が切れるギリギリの男でいて欲しかったのだ。

西城秀樹の豆知泉

西城秀樹はザベストテンで「好きな本は?」と黒柳徹子に聞かれて、迷わず「SMです」と答えた。(後に「あれはSFと言おうとしていたけど、歌直前だったので慌てていて」と釈明)

辺見えみりは4歳の時に親が離婚して母・辺見マリに引き取られているが「父親も芸能人で...」ぐらいしか教えられていなかったので、小学校低学年頃まで「自分の父親は西城秀樹」と思いこんでいた。(正解は西郷輝彦

河合奈保子は「西城秀樹の妹コンテスト」で選ばれてデビューしたという経緯を持つ。というのは有名だが、実は「秀樹の妹・弟コンテスト」で男性の応募も可だった。その時応募した男の一人が後の松尾伴内
第2回は「妹コンテスト」と女性限定になり、こっちの優勝は石川秀美

ヒデキというと「ハウスバーモンドカレー」のCMが有名だが、それ以前のCMタレントは俳優の原田大二郎

実はヒデキは甘いカレーが大の苦手で、CM撮影の時は子供に混じってカレーを食べるシーンで、ヒデキだけは特注の辛口を食べていた。

ヒデキの結婚式の引き出物に入ってた「ハウスバーモントカレー」は超極甘味。

ちなみにリンゴとハチミツの入ったカレー「バーモンドカレー」はなぜ「バーモンド」なのかと言うと、これの発売当時、アメリカ.バーモンド州の研究者が「リンゴとハチミツを摂取すると体によい」という「バーモンド療法」を提案していた事からのネーミング。

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2006年9月16日 (土)

北海道倶知安町

北海道倶知安町(くっちゃん)は今、コンドミニアムの建築クラッシュで、あちこちで急ピッチで建設が進められているとの事。


実は、「世界一のパウダースノー」と一部のスキー好きの間で呼ばれるニセコスキー場には、近年オーストラリアからの旅行者が冬になると大量に訪れる町となっている。
そのため、コンドミニアムを建築している業者も海外の業者(4年ほど前から)だし、食堂のメニューも英語で書かれているのが常識となっているとの事。
この海外の業者がこぞって土地を購入したり、コンドミニアムを建てるためにに日本の業者も走り回っているため、地価がこの1年で33.3%も急上昇して、日本で最も上昇率が高い土地らしい。

オーストラリアのスキー好きはそれ以前は11〜03月辺り(オーストラリアはその時、夏)はカナダやヨーロッパへ出かけていたのが、日本の北海道なら時差はないし、ヨーロッパより近い、との事で紹介されて、数年前から徐々に増えてきたとの事。
現在、北海道の土地の中ではかなり高い部類に入っているらしいけれど、カナダやヨーロッパのリゾート地の地価に比べてまだまだ安いって事で、この先もリゾート化がガンガン進んでいるらしい。

てな事で、雑学的な話に無理矢理もって行きますが、この話題の中心になっている町「倶知安」。「くっちゃん」という日本的な語感ではない地名は、アイヌの言葉が元になっている。
この地名はもともと、近くを流れている「倶知安川」に関係している。
アイヌの言葉でクッチャンとは「漁師の丸木小屋がある沢」という意味で、倶知安川沿いに猟に来た時に活動拠点として川沿いに丸木小屋を造ったことが元になっている。

この地に、内地からの入植者が入ってきたのは1891(明治24)年の事で、いつしか地名として「クッチャン」と呼ばれはじめ、それにムリヤリ漢字を当てはめて「倶知安」となった。

北海道の地名として「クッチャン」に似ている物で「クッシャロ」という物もある。ふと考えると語源は同じではないか?と思いがちですが、「クッシャロ」の方は「湖」を意味するアイヌの言葉です。
その湖が地名になって、北海道浜頓別町(はまとんべつ)の「クッチャロ湖」や、北海道弟子屈町(てしかが)の「屈斜路湖(くっしゃろこ)」の名前が付けられた。
つまり、アイヌと内地の言葉の合成語で、どちらも「湖」という意味なので「湖湖」という意味になる。

以前「重複言葉」としてメルマガやブログに書いた物などをまとめた中に
☆襟裳(えりも)はアイヌ語のエンルムからきていて意味は「岬」の事、つまり襟裳岬は「岬岬」
という物もあるでやんす。

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2006年9月15日 (金)

ほうれん草

近所のスーパーに買い物に行った。


その入り口付近に野菜や花の種が売っているわけですが、そこをぼけーっと通り過ぎようとした瞬間、視界の片隅になんか変な文字が入ってきた気がして、振り向いた。
そこにはこれといって変哲もない野菜の種が袋に入ってラックに収まっていた。
が、そこにあった「ほうれん草」の名前が.....

「パンドラほうれん草」「アトラスほうれん草」「ソロモン菠薐草」
なんか、とんでもない名前が付けられていますが、それらがどのような経緯で付けられたのかが不明ですが、なんか無性に気になる。
きっと名付けの理由は「なんとなく」なのではないかと思うんですが、いかがでしょうか?

200609152
パンドラ:ギリシャ神話でゼウスが地上に送った最初の女性。
この女性が持っていたのがあらゆる災いを封じ込めた壺で(日本ではなぜか「パンドラの箱」と書かれる事が多い)、「開けちゃダメ」ってのに誘惑に勝てず開けてしまい、そこから災いが飛び出してしまった。慌ててフタを締めた時に唯一「希望」だけが残ったために、人類はあらゆる災いに対して希望を持って立ち向かう事が出来るという話。
「パンドラほうれん草」は「わざわいを振りまく」って意味なのか、「希望だけが残っている」という意味なのか不明なのだ。

200609151
アトラス:これもギリシャ神話に出てくる巨人の名前。
罪をつぐなうために、世界の中心(ジブラルタル海峡辺りと言われている)で天と地が接触しないように空を支えていると言われている。
地図帳のことを「アトラス」と言うが(マップは一枚の地図の意味)、これはメルカトルが地図帳を作った際に、地球を意味する図としてアトラスが天空を支えているギリシャ神話の絵を掲載した事からそう言われるようになったもの。
これが「ほうれん草」とどう繋がるのかは不明。

200609153
ソロモン:これは旧約聖書に出てくる人物で、紀元前10世紀の古代イスラエル王。
この王の財宝がどっかに隠されているというのは大昔から言われている物だが、それが今も発見されていない。
太平洋のど真ん中、メラネシアにあるソロモン諸島の名前は、ここを発見した冒険家(大航海時代の宣教師)は「ついにソロモン王の財宝が隠された黄金の島を発見した!」とホラをふいた事がキッカケで名付けられた。
で、それが「ほうれん草」とどう繋がるのかは不明。

さらにその後ネットで調べると「アトランタ菠薐草」というシリーズも。
アトランタ:アメリカ・ジョージア州の州都・コカコーラの本社がある。
この名前がほうれん草に付けられたのは.... まさかここで作られたって事はないだろうあぁ
そもそも「ほうれん草」という名前の「ほうれん:菠薐」というのは、かつての中国(唐宋音)でネパールの事でやんす。
ほうれん草の雑学でよくありがちなのは「ポパイ」に関する物なので、今回はパス。

200609154
同じキャラ物でほうれんそうに関係している物では、最近有名になった「かいけつゾロリ」がほうれん草に関係している。
あの作品を書いているのはイラストレーターの「原ゆたか」だが、元々童話作家の「みづしま志穂」が書いていた「ほうれんそうマン」というシリーズがきっかけになっている。
そのシリーズを終了させる際に、その挿絵を描いていた原氏が中に出てくるキャラ「ゾロリ」を引き継いで別シリーズとして書くことになり、今に至っている。

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2006年9月14日 (木)

真鍋ちえみ「ねらわれた少女」

0001_2真鍋ちえみ/ねらわれた少女
作詞.阿久悠/作曲編曲.細野晴臣
CBS SONY/07SH-1150
1982年05月01日


真鍋といったら「眞鍋かをり」ではなく「真鍋ちえみ」...でもなく、自分の場合はイラストレーターの「真鍋博」さんでやんす。(星新一の挿絵で有名)
ということで、たぶん殆どの人が知らない80年代アイドル真鍋ちえみの1982年のデビュー曲「ねらわれた少女」。時代的にいったらモロに「ねらわれた学園」+「時をかける少女」って感じで角川かよ!という状態ですが、作詞は阿久悠。さすが腐っても阿久悠(この時期、低迷していた)キッチリとリアリティの無い状況がつかめない詩を書いています(褒め言葉)。
作編曲が細野晴臣なんですが、そのアイドル歌謡とは思えない楽曲をリアリティの無い歌詞で逆に地上につなぎ止めている感じがあります。

唯一のアルバム「不思議・少女」
0002_3真鍋ちえみはオスカープロモーション所属で、80年当初のアイドル時代到来を見てモデル事務所だったのが「うちでもアイドル出そうぜ」と3人の女の子(北原佐和子・真鍋ちえみ・三井比佐子)を「パンジー」というグループ名でデビューさせた。と言っても、3人で曲を出したワケではなく「セット販売」という状態でバラエティなどに出演して1作だけ映画『夏の秘密』にも出た。そして歌手としてそれぞれがソロデビューした。

この曲を作った頃の細野晴臣はYMOをやっていた時代で、その前年1981年に「BGM」と「テクノデリック」という名作アルバムを発表している。「テクノデリック」ではそれまでサンプリング音源を楽器としてそのまま使用する方法論(ビートルズが愛用したメロトロンなどの考え方)を進化させて、日本で開発された「LMD-649」というサンプリングマシンを使い、音源をさらに加工し新しい音源を生み出す事を実践している。そこで活躍したプログラマーが松武秀樹。

アルバムの歌詞カードにある使用機材の写真
0003_2実は「ねらわれた少女」はそこで作り上げたシステムを歌謡曲へ導入した実験台でもあったのです。もっとも、「テクノデリック」ほどの重い音はさすがに使えずに、やや薄目になっている。それでも異様なアイドル歌謡ですが。
この曲の前年1981年に、細野晴臣は作編曲で「イモ欽トリオ・ハイスクールララバイ」をリリースして大ヒットしている。こっちの曲はYMOでも初期の「ライディーン」路線で、YMOのパロディになっている。
ちなみにイモ欽トリオの名前は「たのきんトリオ」のパロディですが、パンジーは「女たのきんトリオ」などと揶揄される事もあった。

アルバムの歌詞カードにある使用機材の写真
0004_1しかし、残念なことにこの曲は売れなかったらしく、2曲目はガラッと方向性を変え作詞.安井かずみ/作曲.加藤和彦のルンバ調の曲「ロマンティックしましょう(1982.08)」。(でも加藤和彦マニアの自分はこの曲も好き)もっとも、この曲も売れたという話は聞かない。
その後、アルバム『不思議・少女(1982.08.25)』を出しテクノ寄りに戻り、3枚目のシングル「ナイトレイン・美少女(1982.10/細野作曲)」で歌手活動に終止符を打ち、モデルになり雑誌「CanCam」の専属になった。

アルバムの歌詞カードにある使用機材の写真
0005アルバムはプロデューサー酒井政利、スーパーバイザー(監修)細野晴臣で、全体的にテクノ寄りの音造りがされている。と言っても、「ねらわれた少女」以外の楽曲のアレンジに細野は関わらず、清水信之が「細野的」要素をちりばめながら行っている。

音的には確かにテクノ寄りの感じもするワケで、アルバムの歌詞カードには自慢げに「E-μ Synthesizer」「Roland MC-4 」「LMD-649」「Prophet-5」「Jupiter-8」の写真が記載されている。テクノ小僧には憧れの楽器だったわけですが。(今聞くと、当たり前の音造りという感じがしちゃうのは、今の音楽は普通に電子楽器が取り入れられているって事なんですが)

真鍋ちえみのボーカルはお世辞にも上手とは言えない物ですが、その表情を作れないボーカルがある意味テクノ的だったのかもしれません。しかし、彼女的には歌詞カードで「アルバムの中で一番好きな曲はGood・by-Good・byです」と、アルバム中もっとも非テクノな普通な曲(大貫妙子作詞作曲)を選んでいるあたり、色々難しい部分があったんだろうなぁと思ったりするわけでやんす。

細野晴臣はもともとカントリー系(南国系とか楽園系とも)の曲が得意な人で、作曲能力も高いので、メロディだけ取り出すとテクノではなく純然たるポップスが多い。
この曲の翌年1983年には中森明菜「禁区」なども書いている。
ついでに言うと、アイドル真鍋ちえみにこの様な「重いテクノ系」の楽曲を与えてしまった細野を含めたYMOは、翌年からアイドルおじさんとして「君に、胸キュン。」などの、軽薄にポップなテクノ曲を自らが歌い始めていくことになる。

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2006年9月13日 (水)

退院したらしい。

あんまり詳しい事はかけませんが、実は今日、病院を退院してきました。


2年前にもちょいと入院したんですが、今回も色々と体調不良でぐったりして入院となり、色々検査して、色々とリハビリして、約10日間入院し、なんとか社会復帰する事ができました。
でも、なんか体力的には「無理しちゃダメ」状態の赤ランプが点灯している状態ではありますので、この先もなんとかゆったりと行こうと思っています。
などと言いつつ、毎日のブログは週末にまとめてでもちゃんと書いて行こうと思います。
先週末の文章は、日曜日に自宅へ帰る事が出来たので、その際に病院で入力した物をまとめて更新した物でやんす。

で、文章入力だけは早いので、毎回の文章がボリューム多くなってしまっていますが、それでもぐったりしてますので、優しくしてやってくださいませ。
そんなこんなで、文章少ないのはランダムな雑学で埋めてごまかすのであります。
(メルマガを復活させるパワーはまだ無いかも知れない)

まめ知泉

プレーリードッグは犬の仲間ではなくリスの仲間

ミーアキャットは猫の仲間ではなくマングースの仲間

刑法130条は「住居侵入罪」だがその内容は「故なく人の住居または人の看守する邸宅、建造物もしくは艦船に侵入すれば住居侵入罪を適用する」と、 『艦船』がワザワザ明記されている。

病床数が20以上の施設を「病院」、1〜19床までを「診療所」と呼ぶ。

バグダッドに病院を建てた時、候補地のいくつかに肉の塊を吊り下げて置いた。その中で最も腐るのが遅かった地点に病院を建てた。

最近の手術用の白衣は緑色(白衣が緑色って日本語変ですが)。手術中に赤い血を見続けていると目の網膜に焼きつき、白を見たとき赤の反対色の緑の残像が見える。そのために壁や白衣を緑色にした。さらに、緑色は患者や医師の緊張を和らげる作用もある。

お見舞いに鉢植えの花を持っていってはいけない理由が「根付く=寝付く」と言われる事からとされているが、他にも鉢植えは昼間は炭酸ガスを吸って酸素を出しているが、夜間は逆に酸素を吸って炭酸ガスを出すため、室内の空気が悪くなるという理由もある。

病院の雑学って、前回入院した時も書いたような気がするけど、気にしない。その辺は病み上がりなので優しい気持ちで。

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2006年9月12日 (火)

命名

命名「秋篠宮悠仁」ですか。
皇室男子は「仁」の文字を付けなくてはいけないということで、かなり文字が制限されちゃうんですが、そう来ましたか。
でも「悠仁」で「ひさひと」と読ませるのはかなり無理があるような気もする。


確かに「悠」という文字には「悠久」「悠然」などという言葉に使われるように、ゆったりとした状態をあらわす文字ではありますが、読みとしては「ひさ」は無い。
一般人が付けたとしたら、一生、名前を提示するたびに読みを間違えられ、毎度毎度訂正し続けなくちゃいけない名前なのだ。

確かに現在の命名の決まりは、一般人にしても「漢字制限はあるけど、どんな読みをしても構わない」となっているので、意味から独自の読みを考案しても何ら問題はない。
でも、国語学者だかがテレビに出て「いい御名前を付けたと感心しております。悠の文字には悠久に使われるように「久しい」と言う意味があり、ひさと読むのも有りではないかと」などとコメントしていたけど、悠久はその段階で「久」の文字使っているので「久しい」の意味があるのは当たり前では?

70年代にジャニーズ事務所に「天涯孤独」という部分を売りにしていた「豊川誕:とよかわじょう」というアイドルがいた。この名前「とよかわじょう」という読み方もそう読むんだと思いこんでいると「そうなんだ」と思っていたんですが、よく考えると変な名前。
「誕」という文字はどうしても「誕生」とセットで記憶するので「じょう」と読むと言われて納得しちゃう部分もあるんですが、冷静に考えるとあれは「たん」ですから。

ま、皇室の場合は一般的な物とはルールが違うのかもしれないけれど、「悠」を「ひさ」と読むことがこの先、一般的にもまかり通らない事を願うだけです。

一般人レベルの話ですが、考えすぎの名前も親の愛情とかじゃなく、後先考えてないだろ。と思ってしまう時がある。
普通に読めない名前。クイズのような名前。親は「この子は特別な存在なので、他の人と被らないような素敵な名前を」と思うんだろうけど、実際の事言って名前だけ凄くてもねぇと思ってしまう事がある。
なんせ、今世界的に活躍しているのが「イチロー」に「ヒデキ」だったりするワケで。

実際に遭遇はしていないけれど「海月」と書いて「みづき」と読ませる名前はマジに存在するんでしょうか? 命名者の周囲には「海月」と書いて一般的には「くらげ」と読むと教えてくれる人はいなかったんでしょうか?
って、本当に実在するのかなぁと思う今日この頃。

「光宙」と書いてピカチュウという名前が一時期話題になった事があるけれど、これは某掲示板で「赤ちゃんに変な名前付ける親っているよな」という話題の時に「こんな名前いたら笑うよな」とネタとして書かれた物で、実在しない(ハズ)。

ちなみに森鴎外の子供の名前は
於莵(オットー:Otto)、茉莉(マリー:Marie)、不律(フリッツ:Fritz)、杏奴(アンヌ:Anne)、類(ルイ:Louis)。
さらに孫は真章(マックス)、富(トミー)、禮於(レオ)、樊須(ハンス)、常治(ジョージ)、爵(ジャック)
もっとも最初の子供の於莵というのは中国で虎の異名とされ、寅年生まれに昔から名前に使われているケースがあったらしい。
三井物産ビルなどの設計をした建築家に遠藤於莵氏がいる。
ちなみに森於莵も遠藤於莵も共に寅年生まれ。

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2006年9月11日 (月)

今でもスィングしているかい?

すべての人間は二種類に別けられるって知ってっか?やりとげる物とあきらめる物だ


「ゆとり教育」について色々書いた時にも思ったんですが、なんか現代って「勝ち負け」という部分が世の中の多くを支配しているような気がする。
そりゃ、何をするにもその人の尺度ってのが存在していて、そこを下回る物は負けで、そこを上回る物は勝ち、という考え方はデジタルで判りやすいし、頭を使わなくてもいいので単純だと思う。
たとえば、金を稼ぐという部分がその人にとって最大の関心事だったら「給料多く貰っているヤツ」は勝ちとなる。でも「金より、自分の自由になる時間がある方がいい」と思っている人にとってはその価値観は興味の範囲外で、日々仕事に追われているってダメじゃんと思ったりする。

すべての人間は二種類に別けられるって知ってっか?楽で楽しく生きるヤツと、そうでないヤツ

でも「金」を規準に考えている人にとって「金はなくても自由」という選択肢は「それって負けたヤツの言い訳だろ」としか考える事が出来ないのだと思う。
そんな時、ふと「自分にとってベストな価値観って何だろ?」と思ったりもする。
本当のベストは、たとえばネットを構築したり、文章書いたり、イラストを描いたりする「何かを創作したり、調べる事がメインになる生活」だと思い当たる。

でも、それが最低限の金を発生させる生活に至っていない今は、まっとうなサラリーマンとして日々朝から晩まで仕事をして、それに見合う給料を貰う生活をしている。
そして、その空いた時間で「本来の自分」と勝手に思いこんでいる部分の生活を展開させることになる。

「あきらめる事も肝心」と20代の時に勉強したような気もするけど、結局それは教訓とはならず、今も「あきらめ切る事ができない」を引きずり続けている。最初に書いた「やりとげる」も「あきらめる」にも達していない状態なのだ。
「楽で楽しく生きる」のか「そうでないのか」はよく判らない。そんな事を悩みつつ、日々の生活を送っている自分がいる。

今もなんか迷走を続けているけれど、きっとこの先も迷走を続けていくんだと思う。
具体的な事をここに書くことが現在出来ないので、なんか意味不明の文章になってしまったけれど、そういう事なのだ。

すべての人間は二種類に別けられる スィングするものと、スィングしないものだ
(今回、時間が出来たので以前購入した「スィングガール」をやっと見ることが出来たのだ)

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2006年9月10日 (日)

神戸のメロンパン

ふと思ったんでですが、アンパンマンに出てくるキャラで「メロンパンナちゃん」というのがいるんですが、あれは当然のことながら「メロンパン」をもとにしたキャラです。
で、どうもこの「メロンパン」というものが、地域によって呼び名や形態が違うということを前々から聞いていた訳で、地域によって「メロンパンナちゃん」に関してのイメージが違っているのでは?と思ったりする。


自分の住んでいる地域(静岡県も含めた関東圏)では、メロンパンといったら丸いドーム型で、表面がクッキー状のパサパサでその表面が緑がかっていて、さらにグラニュー糖(?)をかけた物。中はしっとりした緑色のパン生地。という事になっている。
近年は高級志向なのか、「本当のメロンエキスを使っています」とか「中にメロンクリームを入れました」なんてのがあるけれど、そんなのは邪道なのだ。

確か、数年前に話題になった海老名辺りのサービスエリアの「行列の出来るメロンパン」なんてのも、そのまんま上記で説明した物でした。
これを生まれてからこの方「メロンパン!」と信じ切っていたのですが、どうやら地域差があるらしい。

関西(神戸周辺?)ではメロンパンというと、ラグビーボールを半分に切ったような形(オムライスのチキンライス型とでも)をしているらしい。
そして自分が思っていたメロンパンはなぜか「サンライズ」という名前で呼ばれているらしい。
さらに「サンライズ」にはカスタードクリームが入っているとか、白あんが入っているとか、うぐいすあんが入っているとか、なんか自分の頭の中では収拾付かなくなっています。
うぬぬぬ!と思っていたところ、広島県呉市ではさらにそれを「コッペパン」と呼ぶとの事。じゃ、こっちが思いこんでいるコッペパンはどう呼ぶのだ?という新たな疑問が生まれてしまうのだ。

とりあえずメロンパンは明治時代頃に初登場しているらしく、昭和6年に実用新案出願されている。
研究家が必死に調べても、未だにそのルーツは発見できていないという謎の食べ物でもある。

どうやら関西でいう「メロンパン」が元々の形だという説が強い。明治時代はメロンの亜種「マクワウリ」もメロンと呼ばれた時期があり、洋食屋でライスを整形する容器でパンを焼き上げた事からマクワウリ形になり、そこから「メロンパン」と呼ばれるようになったとされている。
(伊藤博文の時代にマスクメロンが入っているので、これも疑問に感じる部分はあるんですが)

神戸ではその中に白あんを入れ、広島などではカスタードクリームを入れた。
なぜ広島が最初だったのか?という件に関しては、広島県民がメキシコへ移民として渡り、そこから帰ってきた人々が伝えたとか、広島に住んでいたドイツ人が考案したドイツ菓子がルーツだとか、諸説ある。

その後、日の丸を模して丸いパンが作られ、それは「サンライズ」と呼ばれるようになったと言う。Wikipdia では「その後マスクメロンが入ってきた事から丸い形が似ている事からメロンパンと呼ぶようにもなった」とされているんですが、そうなるとマスクメロンが入ってくる以前、実際のメロンが無い状態でマクワウリをメロンと呼んでいたという事になり「じゃ、メロンって言葉はどこから出現したの?」という感じで、ちょい疑問が膨らんでしまうわけでやんす。
なかなか謎が深い食べ物でやんす。

メロンパンナちゃんの豆知泉

「アンパンマン」に登場するメロンパンナちゃんは、読者から「メロンパンをモデルにしたキャラクターを登場させて」という投書が多かったことから考案されたもの。しかし、それまで作者のやなせたかし氏はメロンパンを食べた事がなく、スタッフに頼んで買ってきて貰い初めて食した。

メロンパンの表面の筋が「女の子のキャラなのに顔に傷があるのは可哀想だ」として、4日考え今のメイクになった。

ロールパンナちゃんは、妹のメロンパンナちゃんよりも後から生まれた。

アンパンマンに登場するメロンパンナの好物はメロンジュース。

ちなみにアンパンマンをはじめとして、メロンパンナちゃんなどは、パンの妖精という設定。さらにジャムおじさんやバタコさんも人ではなくて「妖精」。もっともこれは作者の設定で、TV局側の設定では「ふつうのにんげん」となっている。

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2006年9月 9日 (土)

正田美智子サンが皇太子妃に内定

皇室のことについて先日ちょいと書いた訳ですが、現在の天皇と皇后が婚約発表(婚約という言葉は使いませんが)したのが、1958(昭和33)年11月27日のこと。


かの映画「3丁目の夕日」で描かれた昭和33年でやんす。
自分はその時代のことを知らないというか、まだ生まれてもいなかった訳ですが、あの映画を見ていると何やら庶民達のパワーを感じちゃう訳で、色々書物にかかれている話も「あこがれの近過去」という感じなのだ。

あの映画で書かれた1958年は戦後の復興によって盛り上がった「神武景気」が一段落したために、いきなり不況の波が押し寄せていて、年末に発表された経済白書では「この不況は中華鍋の底をはうような形で長引くであろう」と書かれ「なべ底不況」と命名された。
もっとも、この言葉は空振りに終わり、景気は年明けに再び急上昇に転じたため「V字型回復」と呼ばれ、逆に大消費時代が1970年の大阪万博時代まで続くこととなる。
それまでの景気を「神武景気」と呼んでいたことから、それを上回るということで天岩戸の伝説から「岩戸景気」とも言われた。

当時の皇太子が婚約相手として、日清製粉社長の長女正田美智子さんを皇太子妃にすると発表したのが、1958年11月27日の出来事。
社長令嬢ですが民間からということで「昭和のシンデレラ」として人気を得、学生時代に「ミッチー」と呼ばれていたことが雑誌で紹介され「ミッチーブーム」が巻き起こった。
群馬県館林市にある正田家の本家や、通っていた小学校までが観光地となって、観光バスが乗り付ける騒ぎになっている。
さらに群馬県館林市は紬(つむぎ)の産地ということで「ミッチーツムギ」「プリンセスツムギ」が売り出されている。

お妃に決定した際の記者会見で、正田美智子さんは皇太子の印象について「ご誠実でご立派で、ご信頼申し上げられる方」と答えたため、「ご誠実でご立派」が流行語となっている。
その二人が愛を育んだのが「軽井沢のテニスコート」ということで、軽井沢ブームがおこり、テニスブームもおこっている。

「3丁目の夕日」の中でも出てきたが、この年に大流行した物といえばフラフープがある。
もともと1957年の夏にオーストラリアで大流行したもので、その後アメリカで流行り、日本では1958年10月に発売され、異常なほど大流行している。
しかし、一通り欲しがる人々が購入してしまったためなのか、同年の12月には売り上げが急激に落ちて、後発のおもちゃメーカーなどは年末商戦を当て込んで大量に作ったが、在庫を抱えて倒産するような事態にもなっている。
さらに「フラフープは腸捻転を引き起こす」などという意見もあり、一気に人気は下火になった。

1957年に100円硬貨が流通開始したこともあって、1958年は一気に自動販売機が普及している。
映画では昔懐かしいタバコ屋のおばちゃんが登場していたが、それも徐々に自販機に駆逐されていくのだ。さらにジュースというのは駄菓子屋にとって大きな収入源だったのが、自動販売機にとって代わられ、駄菓子屋も下火になっていくキッカケになった。
なにか便利な物が出てくると、それによって何かが廃れていくというのは常なのかもしれない。
確かに、映画で描かれているように今の時代からみると、熱くて未来に夢があった時代だったのかも知れない。

でも、それから45年以上経過した今は、便利さを当たり前だと思い、初めてテレビが家に来たときの場面のような「全身が震えるほどの感激や驚き」を忘れちゃっているのかもしれない。
こうやって一般人の自分が感情をインターネットを通して不特定多数の人間に配信できるって、本当はとてつもなく凄いことだよね。

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2006年9月 8日 (金)

三田寛子「駈けてきた処女-おとめ-」

00_19三田寛子/駈けてきた処女-おとめ-
作詞.阿木燿子/作曲.井上陽水/編曲.萩田光雄
CBS SONY/07SH 1131
1982年3月/¥700


先日の秋篠宮家、長男誕生のワイドショーで三田寛子がコメンテーターをしていたのを見て「なんで?」と思ったんですが、そこで「うちも色々と跡継ぎという事で男児を望まれていて、最初かなりのプレッシャーを感じていたんですが」と語っていて、なるほどなぁと思ったワケです。
中村橋之助と結婚したことで、いわゆる梨園とよばれる歌舞伎役者の家庭に入ったので、それなりに大変なんだろうなぁ。(現在3男のおかあさん)

00_20三田寛子は雑誌「セブンティーン」のモデルオーディションに合格し芸能界入りし、その後はヒットドラマ「金八先生」の後番組「2年B組仙八先生」高坂ひとみ役で1981年4月に女優デビューした。
仙八先生は主演・さとう宗幸が歌う挿入歌の「青葉城恋唄」がヒットしたけれど(主題歌は「萌ゆる想い」)、あからさまな金八の便乗番組ということで、その後スペシャルが1回1984年にあったが続編はなく終わった。(2年生という事で、最終回が卒業式じゃないので盛り上がらないでしょうがないと思うけど。ついでに1984年に放送されたスペシャルの内容が卒業生に覚醒剤の魔の手が伸びるという20年後(2004〜05年)の金八(7)を予見させる内容)

もっとも、このシリーズは金八にせよ、仙八にせよ、新八にせよ、貫八にせよ、女性アイドルの登竜門ではなかったような気がする。三原順子つちやかおり伊藤つかさ川上麻衣子などなど。

00_21番組終了が1982年3月26日で、その前の週1982年3月21日に「駈けてきた処女-おとめ-」で歌手デビューした。
「処女」という表記も話題になったけれど、井上陽水が作曲というのもかなり衝撃だった。
さらに、アイドルというのは基本的に標準語というのが当たり前の時代だったんですが、彼女の場合はどう頑張っても京都出身という事で「京言葉」が見え隠れてして、さらに普通に歌っていても「それ京都のイントネーションだよね?」というのが出ていて、ほほえましい限りでした。

00_22さらに2曲目「夏の雫」になると作詞作曲はそのままで、編曲に坂本龍一が参加するという、かなりチカラ入れてんだろうなぁという感じの楽曲。
井上陽水は陽水で歌いにくいメロディだし、阿木燿子は言葉遊びなのか「海」に引っかけて歌詞の中に「Kumi and Rumi」とか「Yumi and Fumi」という、誰それ?という人名をいきなり出してきて、読めば読むほど詩の世界が理解しにくいほど難解だし、坂本龍一の編曲もやけに複雑で展開がありすぎで「アイドルの曲としてはどうかと」いう感じに仕上がっている。
ジャケット写真も「もしかして山口百恵路線?」という三白眼だし。
なんか、考えすぎて、懲りすぎて、結果として全てを置き去りにしている感じが濃厚なのだ。

00_23その失敗からなのか、3枚目は南沙織「色づく街角」のカバー、4曲目オリジナル「ひとりぽっちの卒業式」を挟んで5曲目も村下孝蔵「初恋」のカバーとなっている。
シングル14枚、アルバム4枚出したハズだけれど、歌手としての三田寛子の印象はかなり薄く、その京言葉のイントネーションと周囲とリズムのずれっぷりが一般的には有名で、いつしかバラエティに多く出るようになっていった。
たぶん最初にそのキャラが表面化したのは「笑っていいとも」の「寛子のお菓子大好き」というコーナーだったと思うけれど、たぶん本人はそのズレっぷりには今でも気づいていないのではないかという感じなのだ。

00_24しかし、今回ジャケット裏を見て「そうだった」と思い出したのが、三田寛子という何の変哲もない、言ってみれば芸能人じゃなくてもありがちな名前が芸名で、本名「稲垣敦子」なんすね。(今は苗字は中村ですが)

ちなみにデビュー曲がセーラー服ジャケットですが、以前書いた「セーラー服ジャケット」の際にすっかり忘れていました。
実はあの後、レコードを整理していたらいくつもセーラー服ジャケットを発見したので、それはまたいつの日か。(「駈けてきた処女」の夏セーラー、半袖の腕部分が腕章のようになっているのってかなり珍しいんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょうか)

三田寛子

三田寛子は「恋するメトロ」を歌っていた時「メトロって地下鉄の意味だよ」とタモリに教えられて落ち込んだ。人の名前だと思っていたらしい(って誰も教えなかったのか?)、とりあえず歌詞の出だしは「地下鉄でめぐり逢い♪」

三田寛子は決まっていた連続ドラマに「セックスしました」という台詞があったので「そんな言葉言えない」とダダをこねて降板した事がある。その代役は、同じ桜中学出身の川上麻衣子が演じた(川上さんはあの写真集出すようなオープンな方なので、怖い物なしかと)

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2006年9月 7日 (木)

下北サンデーズ

テレビ朝日のドラマ「下北サンデーズ」が全10話のところを1話短縮で終了した。わかりやすい言葉で言うと「打ち切り」。


前々から視聴率悪いとは聞いていたんですが、そうですか。あと、同じテレビ朝日では金曜日の「レガッタ」も1話短縮だそうで。
テレビ朝日は、若者向けのドラマより「はぐれ刑事」とか「相棒」みたいな、落ち着いた人生の機微を織り込んだドラマを中心にした方がいいってことなんすかね?(と言いつつ、下北サンデーズの次番組が「だめんずうぉ〜か〜」ってのが...)

たぶん、世間的に見ると「打ち切りドラマ」っていうのはダメなドラマってことで処理されちゃうんでしょうけど、この下北サンデーズに関しては熱烈に「面白い!」と思っている人々もいるわけで、ある意味将来のカルトドラマってことになるのかも知れません。
10年ぐらい経った時「2006年に放送されていた下北サンデーズってドラマがあってさ」と語られるパターン。
視聴率が悪いってことで見ていた人が少ないので、そこで「俺は見ていたけどさ」的に自慢げに語られるのだ。これまでの多くのカルト物がそうだったように。

もっとも、昔のカルトとは違うのが、現在(あるいは将来)ネットやDVDなんかで、過去の作品が簡単に見られるようになっているので、昔みたいな噂だけが先行するカルト的な物はなくなってしまうとは思いますが。(カルト、カルトと騒がれていて、苦労してやっと手に入れ見た物が「え?」というパターン、作品の凄さじゃなく希少価値だけのカルトはよくあった)

で、下北サンデーズなんですが、すごくゴチャゴチャしていて、混沌としていて、内輪受けだったり、ワザと外したようなギャグを入れたり、あざとかったり、そして明らかに小劇団臭かったり。
作り手の思い込みが視聴者を置き去りにしちゃっているんじゃないか?と思いつつ、それでも面白く見ていた(全話は見ることが出来なかったけど)

でも、一般的な人の望んでいる物とはズレているんじゃないかなぁとは思っていた。だからこその「非日常空間」を演出する演劇なんだとは思うけど。
同じテレビ朝日だったら、金曜日の11時台とかの枠(かつての「トリック」とか、今の「黒い太陽」をやっている時間帯)で放送していたのなら、ムチャクチャ評判を呼んだ番組かも知れないなんてことを思ったりする訳で。

しかし、今までそ〜んなに上戸彩は興味を惹かれなかったんだけど、ここに出てくる髪型の変なしかも不細工な表情をする上戸彩は「愛おしい」と思ってしまったのだ。
ま、視聴率が悪かった要因のひとつに「非ジャニーズ」という要素があるのかもしれませんが(レガッタも)。

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2006年9月 6日 (水)

祝賀ムード

秋篠宮家に長男誕生ってことで、世間は大騒ぎですか?


今年の最初頃に皇位継承問題で騒いでいる最中、まさにジャストなタイミングで紀子さんの懐妊発表がなされたワケですが、色々と識者の方達が将来のことを心配したり、熱い議論を戦わせたり、大変なこったと思っております。
安心しなさい、あなた方じいさん達が生きている間は皇位継承問題はたぶん関係ないですから。
もしかしたら自分が生きている間もあんまり関係ないんじゃないかと思う。

でも、テレビのニュースでは日本各地で男児誕生に関して大盛り上がり、各地でフィーバー!フィーバー!ってことになっているみたいです。
個人的にはそれらの大騒ぎを見ていて「なんか気持ち悪い」と思ってしまった。
別にその喜びに水を差すつもりは毛頭ないんですが、そこまでみんな日本とか皇室の将来を心配していたか?とか、そこで盛り上がっている人って、そこまで盛り上がるかぁ?という「ハンカチ王子」の時と同質な印象を受ける。
どっかの商店街では、地元の伝統行事なのかも知れないけれど、盆踊りみたいな状態になっていて「なんじゃそりゃ」度が高い所もあったし。

あとは、商売に絡めようとする人々も大量に。
確かにそれが経済効果の一因になるってことで、目出たいのかもしれないけど(赤ちゃん銘柄の「紙おむつ」「粉ミルク」などの会社株が上がるってのもよくわからない)。

前にも数回書いたけれど、戦後皇室が開かれた状態になっていき、現天皇と皇后が結婚をした際には「ミッチーブーム」が起きた。
昭和30年代半ばには、美智子さんを愛称のミッチーで呼び、雑誌などでは小説風に二人のなれそめや生い立ちを連載したり、あげくの果ては漫画連載もあったり(これは当局のクレームで打ち切り)、美智子さんのファッションなどを検証するついでにスリーサイズまで雑誌に掲載されたり、まさに開かれきった状態だった。
ミッチーという愛称も凄いなぁとは思うけど、当時の一般的な名称は「美智子さん」だった。
それがさらに30年以上経て開かれるどころか、名称は「雅子さま」「紀子さま」と「様付け」に変化している。

たぶん開かれていたのは60年代から70年代までだったと思う。
なんせ、70年代にラジオで放送されていたクイズで
問題「朝、皇太子がトイレに入っていた時、天皇が外で何と言ったか?」
答え「交代してんか」
と、細かいニュアンスは忘れたけれど、そんな恐れ多い物がシリーズ化され、さらにそれが単行本にまとめて収録されていた。
時代を経た今、逆にありえないと感じてしまうってのが怖いよなぁと思ったりする。

しかし、テレビのインタビューなんかで、生まれたという速報に関して「皇室の将来を心配していました」的なことを何人もの人々が語っていたんですが、そこで誰一人として「親王が」という単語は使っていなくて、いい年したオバサンでも「男が生まれた?」とか「男の子?」とか言っていたのが、とりあえず心配していたってレベルだったので、皇族の中に誕生した男児を「親王」と呼ぶことを知らないような人々に支えられているんじゃないか?と感じたのだ。

開かれ方がイギリスの王室なんかとは変な形で違うような気がする。あっちは雑誌なんかで平気でスキャンダル記事を書いているけど、国民にとっては歴史的な物をふまえた上での誇りっすからね。(たぶん)
とりあえず、残っている問題は、雅子さんがどのタイミングで表舞台に戻ってくるか?ってことですかね。

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2006年9月 5日 (火)

飲んだら乗るな

福岡市の自動車転落事故を起こした犯人が、直後に友人に大量の水を持ってきてもらい、現場でグビグビ飲んだと報道されている。


以前、メルマガでも書いたんですが
★未成年でも1.0%未満のアルコールなら、法律上何の問題もないことになる。つまりアルコール分5.5%のビール350mlを飲んだ時に、急いで約2リットルのジュースを飲めば法律上はセーフ。
という雑学がある。

あくまでもこれは「未成年は酒飲んじゃダメ」という物の裏技で、飲酒運転の場合は体内アルコール量が関係しているのでアウトです。
もっとも、あの事件の場合は居酒屋をハシゴしてかなりの量を飲んでいたので、もし水で薄めることが出来るとしたら、何10リットルも飲まなくちゃダメってことになるんじゃないかと。

息を吐いた時に(風船へ息を吹き込みで)、1リットルの空気中に0.25mm以上含まれているとアウトで(血液1ml中から0.5mgもダメ)、たとえば運転中にウィスキー入りのチョコレートボンボンなんかを食べちゃうとかなり危険ということになるのだ。

自分の場合、もともとアルコールを一切受け付けない体質なので、飲酒運転を犯す可能性はほぼ無いんですが。
奈良漬けとかは匂いの段階でダメなんですが、牛丼なんかアルコールを感じさせない物ですら、肉を軟らかくする為にワインで煮込んであったりするとグッタリしてしまう程、他の人には全然感知できないアルコール分にも感知しちゃうので、牛丼食べて飲酒運転(検知器には反応せず)なんて事もあるかも知れないっすけど。
おかげで、友人の宴会では運転手として重宝がられておりますが。

今回の事故があって(前からそうだったハズですが)運転をすると解っていて酒を飲ませた人、一緒に酒を飲んだ人も重く処罰されるって事なんですが、かつて友人が飲酒運転の末、交通事故を起こした事がある。
当日の夜「今晩、夜中にそっち行くから泊めて」と電話があった。その友人は、伊豆の奥まった離れた町に住んでいて、時々三島方面へ出てくるのだが、その際は我が家は当たり前のように宿泊施設にされていたのだ。
とにかく豪快さんで、真夜中2時に電話で叩き起こされ「今から泊めて!」などと言う事もあり、さらに「ほいよお土産!」と真夜中なのに牛丼特盛なんかを持ってくるような非常識なナイスガイだったのだ。

その金曜日の夜「夜そっちにいくから」という事になっていたんだけど、いつまで経っても連絡も無かった。こっちもその時、HPを作り始めの頃で色々やらなくてはいけない事があって、気が付くと真夜中2時になっていた。
そこでやっと電話のベルが鳴ったのだが、電話の向こう側は異常にハイテンションで「よぉぉ!遅くなってごめんねえぇぇぇ!」などと明らかに酔っぱらった状態だったのだ。今だったら、この時点で迎えに行くからと言わなかったら共犯って事になっちゃうのかもしれないが、その時点ではそんな事もなかったので「大丈夫かよ」ぐらいの会話があっただけだった。
「今から行くけどさ、何か欲しい物ある?牛丼とか」「別にいらないから」「判った、何か買ってくよぉん」などとテンション上げたまま電話が切れた。

それから5分後にふたたび電話があり、ヤツが呂律の回らない調子で「じ、事故っちゃった」などと言い出すのだ。
その事故現場が三島警察署の斜め前の中古車センターで、真夜中2時過ぎだったので歩行者もなく、展示してあった中古車に突っ込んだ大きな音を聞きつけて、まず最初に駆けつけたのが警察署に夜勤でいた警官達だったので、とりあえず話は早かった。
とりあえず警官達が激突音に驚いて現場に駆けつけた時、そのボンネットが大破した車の中では、額を真っ赤に染めた男が電話をしている最中だったという。

そんなこんなで「飲んだら乗るな、飲むなら乗るな、乗るって判ってるのなら飲ませるな」ということで、どーかよろしく。

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2006年9月 4日 (月)

ゆとり教育

小学6年生がクラスで何かを決める時に口論となり、挙げ句の果て校内でナイフで刺してしまったという事件が発生した。


ここ数年、学校内での事件が刹那的になってきている。数年前の、ネット掲示板で悪口を書かれたことがキッカケで殺人事件まで発展した事が象徴的に言われるように。
「ゆとり教育」という学校側の指針が出されたのは、1980年代初頭、増え続ける校内暴力などに対して沈静化させるために考えられたハズ。
ところが実際に行い蓋を開けてみた所、校内暴力はさらに拡大し、学校は無法地帯になり、倫理的な物や学生の本分とかはどっかに吹き飛んでしまったと言われる。

それは実際にそうで、ドラマ「3年B組金八先生」なんかも、脚本家の小山内さんはバリバリのゆとり教育推進派だったハズなのに、この現状に頭を抱えてしまったらしい。
昔は、校内暴力も何か深い理由があったのでドラマになったんだろうけど、近年の理由無き暴力行為や、直前まで普通の子だったはずなのにいきなり凶行に及ぶなど、ドラマの心理描写が追いつかない犯罪が増えてきている。

今回の事件だって、たかがクラスでの口論が次の瞬間にナイフで刺すまで飛躍しちゃうって怖さが含まれている。
確かに「そんな事件を起こすような人じゃないのに...」というパターンは昔からあるけど、最近はそれがどんどんエスカレートしている気がしている。

山口の専門学校での校内殺人事件に関しても、逃亡中の少年は家族も周囲も殺害された女性の家族も「普通の子」と考えていた。少年が生還するまでこの事件の真相は1つも見えない。(その後、逃走直後に自殺した事が判明し、理由は闇の中になってしまったけど)

で、問題は「ゆとり教育」って事なんですが、それに関してもっと問題が大きいんじゃないか?と思うのが、教育関係者もワイドショーのコメンテーターも口を揃えたように「ゆとり教育の弊害です」と答えを出す部分。
なんか「ゆとり教育」を悪者にしちゃえば「意見を言った気分」になっちゃっているだけで、何の意見も出していない。ゆとり教育によって学力が下がって思考力が浅くなったとされているけど、おまえらも思考力停止してるんじゃないか?という状態なのだ。

問題は「ゆとり教育」じゃなくて、子供達を抱える社会や、不必要なほどに与えてしまっている子供の権利とか自由とか、さらに全てのメディア、全ての経済的構造など複雑で大きな問題が絡み合っているんだと思う。
自分はこの「ゆとり教育」とやらの恩恵は受けなかった世代なんですが、確かに最初「授業時間を少なくして、それ以外の部分で個人の才能を伸ばす事が」というのを聞いた時には「いいじゃん」と思った。

もっとも、全体的な授業時間が減った事により、学力が下がり、塾へ通う事が出来る子は受験本意の知識を詰め込むようになって、本来の「知る楽しみ」の勉強が減っていく、そして(受験を規準とした)学力格差が大きくなっていったという、本来の目的から逸脱した部分が大きくなってしまったんじゃないかと思うのだ。

そもそもの「才能を伸ばす」というのにも問題はある。
本来は「才能」なんてのは自主的に伸びていく物だったり、いつの間にか興味を惹かれてそっちが伸びていくって物のハズだったのが、いつの間にか「誰もが何かに才能を持っているのでそっちを伸ばさなくちゃいけない」という強迫観念の中に落ち込んでしまったんじゃないかと。
そして、一番ダメなのが「努力をすれば必ず報われる」的な事まで教え込んじゃう事。
世の中、努力しても無理なことは多いんだよ。
というか、努力が達成される事の方が少ないって事をちゃんと自覚させなくちゃダメだと思うのだ。

そうじゃないと、自分のように、いい年こいて、小学校の頃からの夢だった「漫画家になりたい」なんてのをどっかに引きずっていたり、「チャンスさえあれば、何んらかの形で世の中に出るのだ!」とか思い続け、おかげで真っ当な人生を歩めない大人になっちゃうぞ。
挙げ句の果ては「俺は才能あるのに、これが認められないのは見る目のない出版社のアホサラリーマン編集者のせいだ」とか思い、さらにそれが頭の中で沸騰して「俺がデビュー出来ないのは、俺の才能におそれをなした他の連中の仕組んだ罠に違いないのだ!」と、出版社に脅迫まがいの事をしたりする素敵な行動力のある大人になってしまうのだ。
いや、自分はそこまで行動力無いのでウジウジ自分の中で完結していますが。

自分の意見が通らない、自分の思うとおりにならない、というのはやはり教え込んでおかないといけませんな。ゆとり教育とか以前に。(私は社会に出る前に恋愛で山のように経験したので打たれ強くなっていますが)
特に今は少子化で、一人っ子が多く、それぞれが家庭の中で王様になっているケースもあると思う。学校という社会の中で、自分の思った通りにならないという状況に我慢できないというのは、怖い事なのだ。

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2006年9月 3日 (日)

おかわりシスターズ「恋をアンコール」

0002_2おかわりシスターズ/恋をアンコール
作詞.峰岸未来/作曲.編曲.佐藤準
フォーライフ/7K-137
1984年2月/¥700


大学生の学力低下が叫ばれて久しいわけですが、その象徴的な物が1983年4月にフジテレビの土曜深夜枠で始まった「オールナイトフジ」という、女子大生を多数集めてワイワイやっていた番組。
最初は東京ローカルだったので局地的な人気だったとは思うんですが、いわゆる「NEXT DOORS GIRL」隣の女の子的な親しみやすさで人気が出て、その中から人気の高かった3人が「おかわりシスターズ」として『恋をアンコール』でレコードデビューを果たした。
ジャケット左から
※松尾羽純:1963年06月01日生まれ(杉野女子短大)
※山崎美貴:1964年10月28日生まれ(東海大学)
※深谷智子:1963年07月21日生まれ(日本女子大学)

0001_1同時にフジ的には「美味しい素材を見つけた」と思ったのか、その年のフジテレビ「軽チャーっぽい」のキャンペンガールとして採用した。
この番組での女子大生は、70年代にあった「女子大生=賢い近寄りがたい才女」のイメージから大きく逸脱して、アホな事ばかりやったり、一般常識クイズに全然答えられなかったりして、最終的にキャッチコピーが「私たちはバカじゃない」という、トホホな物になっていった。(同名の本も出ている)

このオールナイターズ=女子大生というテレビ的に美味しい鉱脈(安い出演料&それぞれが新鮮なキャラ)を発見したフジと番組の構成をしていた秋元康は、さらにその中で「オールナイトフジ高校生大会」を企画し、それが夕方の帯番組「夕やけニャンニャン(おニャン子クラブ)」へ連なっていく。
実際の事を言えば、女子大生より新鮮な女子高生中心の夕やけニャンニャンが始まった1985年以降はこの番組の勢いは急速に失われていくワケですが。

0003_1で、この「おかわりシスターズ」が歌っていた楽曲ですが、素人女子大生が歌っていた曲なので安易な物と思われがちなんですが、楽曲としては実に良くできたリゾートポップス。ボーカル力のなさは目をつぶるとしても、あの時代を見事に切り取っている曲だと思うわけで、逆に「素人だからこそのリアル」がそこにあったんだと思うし、それ故に人気があったんじゃないかと。

オールナイトフジが人気を得てから新メンバーとして入ってきた女子大生は、あきらかに芸能志向が強く「なんとか芸能界に」という嫌なハングリーさが前面に出ていて(あるいは事務所臭さ)、おもしろみも失われていったような気がします。

4枚目の「虹色のカノン」は、女子大を卒業する事でオールナイトフジも卒業するという事でラストシングルとなっている。(同時に解散記念アルバム「L.A.S.T」もリリース)
この番組以外の活動としては月曜ドラマランドで漫画「アイドルを探せ!」の実写版に主演していたりします。

00_18松尾羽純・深谷智子は卒業後は普通に就職をしたが、山崎美貴だけがその後芸能界に残り女優を続けた。(現在も活動している山崎美貴のサイト

良くも悪くも、バブル前ののんきな時代の大学生という印象で、陳腐な表現ですが「等身大」という言葉が似合うグループだったんだなぁと今になって思ったりするわけでやんす。

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2006年9月 2日 (土)

アラジン「完全無欠のロックンローラー」

0001アラジン/完全無欠のロックンローラー
作詞作曲.高原茂仁
1981年11月/¥700
キャニオン/7A0135


一発屋といったら、まずこの人。派手なパフォーマンスで出現し、それなりに話題になりヒットした「完全無欠のロックンローラー」。そして二曲目の「ロックンローラー大放送」という曲で玉砕して、それ以降はほとんど知られていない。
と言いつつ、島田紳助と交友があったお陰で、鈴鹿の8耐で毎回トークショーなどを行ったり、島谷ひとみのデビュー曲の作曲をしたりと、現在でも時々チラッ程度に名前を聞く。
本職は、富山県の高雄電設という電気工事会社の社長との事。

このデビュー曲は、ヤマハの「ポプコン(ポピュラーコンテスト)」でグランプリを獲得し、その流れで「第12回世界歌謡祭」でグランプリを獲得している。
ポプコンはアマチュアミュージシャンの登竜門として70年代は有名で、「中島みゆき」「チャゲ&飛鳥」「長渕剛」「ツイスト」「八神純子」「あみん」「クリスタルキング」「辛島美登里」などなど、多くのアーティストを輩出している。
もっとも、70年代から裏で悪い噂が流れているコンテストで「最初からグランプリが決まっている」などと言われ続けていた。

現に、上田正樹が出場した際はグランプリを獲得した直後に辞退したり、佐野元春が出場した時も最終選考のステージでプログラムとは違う曲を演奏して、ステージを降りている。
自分もかつて関わった事があるんですが、そこでも出場する前に「○◎○さんが優勝するらしいよ」と知り合いだったスタッフに予選会の際に聞かされ、実際にその通りになった。

さらに、この大会でグランプリを取ったアーティストは、レコードデビューの資格と同時に、世界歌謡祭の出場資格を得る。
「世界歌謡祭」とか言ってるんですが、これにも裏が色々あるらしく、こんなふざけた「完全無欠のロックンローラー」なんて曲が、そこでもグランプリを取っている。

0002_1で、この曲がヒットした後、2曲目の「ロックンローラー大放送」という、前曲の続編とも言えるようなコンセプトのシングルをリリースしている。
が、この曲は見事に売れなかった。というのも、テレビでほとんど歌う事が出来ず、ラジオで掛ける事も難しい曲だったのだ。
ロックンローラー大放送」は判明している限りでは「夜のヒットスタジオ」で1度歌われたきり、TVで歌われていない。

というのも、この曲はロックンローラーがDJをやっている放送局で、リクエストに応えるという設定になっている。その中で「♪たまには演歌もかけてよ」「それは出来ない相談だぜ、ロックンロールの曲だけだぜ!」と歌われている。
夜のヒットスタジオという番組は色々なジャンルの歌手が出演している番組だったんだけど、その時、演歌界の大御所も出演していて「演歌はダメとは何だ!」と怒り、その後、どの局でも掛ける事ができなくなったと言われている。
そりゃ、一発屋に成らざるを得ないワケで。

同じような例ではシブがき隊の「演歌なんて歌えない(1987)」という曲も物議を醸したらしい(放送できなかったかは不明)

P.S.
「榊原郁恵/夏のお嬢さん」の時のコメント欄で「NHKあなたのメロディから出た曲の権利は全部NHKが...」というのは、著作権ではなく出版権の事だと思われます。
たとえば「およげ!たいやき君」は作詞.高田ひろお/作曲.佐瀬寿一ですが、ポンキッキから出た曲なので(c)フジテレビということで、フジテレビが出版権を所有しています。
これは著作権を持っている人と言えども、無許可でどこぞに詩を掲載したり、メロディを使う事が出来ないって契約。コンサートで自分の曲を歌う時も、出版権を持っている所に許可を得ないとダメってモノ。
普通は、レコード会社が持っていたり、所属事務所が持っていたりするモノで、レコード会社を移籍した後、しばらくはライブで過去の曲を歌えなかったり、ベスト盤を出す時に移籍前のモノを入れる事が出来なかったりします。

自分がポプコンの地方大会に出場した際、ヤマハ側から契約書を書かされたんですが、それの内容は「コンテストが終わるまで出版権はヤマハが所有するので、その間はコンサートなどでも勝手に契約した曲を歌うなよ」というモノでした。
(あっちのコメント欄に書こうと思ったんですが、ちょい長い文章になってしまうので、こちらで書きました)

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2006年9月 1日 (金)

私ではないのか

ちょいと野暮用で病院へ行ってきた。


いや、あんまし野暮用で病院に行くヤツはいないよなぁと言いつつ、普段時間に追われている生活なので、やけに待ち時間が長い病院ってヤツは「久々にを読む時間がまとめて取れて嬉しいなり」という事でもあるわけです。
昔は1ヶ月に10冊以上小説を読むとか、年間100冊読書個人フェアを開催し続けていたんですが、ここの所まとめて集中して本を読む時間がないので、ある意味嬉しいのだ。
病院にいかなくちゃならない状態で嬉しいもないんだけど。

ということで本に集中していると、ふと自分の名前を呼ばれたような気がして、あわてて本にを挟み込み立ち上がろうとする。
と、自分の後ろの待合い席に座っていた男性がスクッと立ち上がり、指定された番号の部屋へと入っていくのだ。どうやら、苗字が微妙に似ていて、下の名前が同じ人物らしい。
自分の名前は特殊な名前ではないけれど、そんなに頻繁に見かける名前ではないので、実際に同じ名前の人に遭遇するってのはなかなか無い事なのだ。

単行本でフルネームはバレているわけですが、同じ名前だと漢字博士で何冊も著作がある人や、漢字が微妙に違うのではフォークグループ「とんぼちゃん」の人とか、何人かいます。
昔はこの硬い名前が大嫌いで「やっぱ発音した時に3文字の名前っていいよなぁ」などと思っていた。音楽をやっていたので、ライブの最中に名前を叫んでもらえるのは三文字の名前で、四文字の名前だと叫びにくいのでニックネームになったりするケースが多い。
単行本「知泉」のイラストを描いてくれたメンバーも全員3文字だったり、O氏も、S常務氏も3文字で、結構多いのだ。

そんな事を思っていたのだが、その後で病院からちょっとした資料を貰った際にその封筒に手書きの文字でなぜか「知泉」などと書いてあるのだ。
えっ?何故?自分がそんな本を出したり、サイトやっているなんて話もしていないのに...。もしかして、自分のフルネームってそんなに有名になっているのか?マジっすか?
と思って、ふたたび封筒を見てみると、そこには手書きの文字で「和泉」と書いてあった。「ちせん」じゃなく「いずみ」っすか。それは医者の苗字なのかは不明ですが。

自意識過剰もいい加減にしろよ、オレ。

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