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2006年8月14日 (月)

立派な犯罪

公金を役場ぐるみで横領して、あげくの果ては使い切れなくて燃やしたり捨てたりした事件。


朝の番組で役者で政治家で作家で木枯らし紋次郎の中村敦夫がこれに答えていたんですが「これは立派な犯罪ですからしっかり究明すべき問題で」などと答えていた。
それを聞いて、「自分の事は棚に置いて、他人の言葉尻をとる男」という面倒くさい私は「立派な犯罪って言葉の使い方はおかしい」などと思ったりするのだ。

犯罪に対して「立派」というのは変な話。ここで使うべき語彙は「歴とした犯罪」ですねなどと、こんな事を言い出すときっと嫌われるぞという事を思ったりする。
ちょいとGoogleで「立派な犯罪」を検索してみると、約94,300件がヒットする。たぶんその中には今回の雑記のように「立派な犯罪って使い方って間違っている」という文章もあるんじゃないかと思うんですが、ヒットした物をいくつか読むと、あきらかに普通に「万引きは立派な犯罪です!」とか「落書きはアートじゃない、立派な犯罪だ」とかあるわけで。
(「立派な犯罪、見事に失敗」ということで、本来は間違った用例として、強調する意味で使われている、と説明しているページもある)

言葉ってのはリズム感がある場合、何も考えずに「なんか普段耳にしている」という状態で使ってしまう事もある。
仕事の場で「あの仕事終わった?」「はい、とりあえず終わってます」などと言う返事がある。「とりあえず」って何?ちゃんと終わってなきゃダメじゃん、と思うんだけど、なんか自分も使っていそうな気がする。あと「一応」とか。
気がするってのは、あまり何も考えずリズムで会話しているからなのだ。

とりあえず「立派な犯罪」というのは、大名屋敷から金を盗み出して、それを貧乏な庶民に分けて与えたねずみ小僧のような犯罪を言うのだ。(それもチョイと違う)

ねずみ小僧の豆知泉
1832年08月19日:鼠小僧次郎吉が鈴ヶ森刑場で処刑される。

芝居などでは「義賊」となっていて、大名屋敷から金を盗んだねずみ小僧は長屋などでそれを蒔いたとされているが、実際にはほとんが女かバクチで使い果たしている。庶民には配ったという記録はない。

義賊となったのは、庶民から盗まず大名ばかりから盗んだために「いい気味だ」と思われたため、死後に芝居で脚色されたもの。

ねずみ小僧は大名屋敷専門の泥棒で、進入した屋敷は71ヶ所、被害総額は12000両。今の金額に換算すると数十億以上とされている。

両国の回向院にある鼠小僧次郎吉の墓はギャンブラーなどが御利益あるとして削りとっていく事で有名。それで何度も建て直しているため、今では、削り取り専用の墓石が据えられている。

鼠小僧の処刑より27年前の文化二(1805)年に小塚原で獄門にかけられた大泥棒・鬼坊主清吉も死後「清吉大明神」として江戸の人々に信仰された。

江戸時代、10両以上盗んだものは死罪になった。

実は、10両盗んで首が飛んだのは夜の泥棒だけ。昼間泥棒を働いて何両盗んでもタタキ放しの刑程度だった。昼間盗みに入られるのは被害者の不注意にも原因があるとされたため。

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