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2006年7月12日 (水)

甲斐智枝美「スタア」

Kaitistar01前回、7月8日(土)に書いた「小泉今日子/素敵なラブリーボーイ」の時に、スター誕生出身の先輩、しかもイマイチ売れなかった先輩として甲斐智枝美の名前を出した。


そんなタイミングで、11日(火)に「10日早朝甲斐智枝美さんが死去した」と訃報が届けられたワケです。
別段、彼女に関して書き連ねるほど多くを知っていないけれど、なんか80年代のアイドル達もしっかりと年齢を重ね、それぞれが生活を築き上げて生きているのだなぁと思ったりもする。
とりあえず、元スクエアのドラム長谷部徹と結婚したってのは知っていたので、いつの間にか名前を聞かなくなった消息不明アイドルとはチト違うので「平凡に母親でもやっているんだろうな」ぐらいに思っていた。
長谷部徹はスクエア以前にはジャニーズ事務所に所属して「アンク」というバンドをやっていたので(1979デビュー1981解散なので16〜18歳)、その関係か今でもジャニーズ絡みのドラマの音楽を時々担当していて名前をチラっと見かける事もあった。

で、最初は心不全によりという事だったのが、どうやら自殺だったのではないか?という話になっている。
実は先日は「水着写真ジャケット」という括りで文章を書いて、「次はどんなネタで書こうか」という話を友人とした時に「自殺した歌手特集」みたいな話もあった。そりゃ悪趣味だよなという事で却下だったんですが、そんな話をした翌日の出来事。

しかしワイドショーの中では芸能レポーターと称する人が適当な事を語っている。
「彼女はスター誕生出身で、1980年にデビューしポスト山口百恵とまでいわれた。同期に松田聖子さんや三原順子さん河合奈保子さんもいますが、まだ人気のあった1990年に結婚と同時に芸能界を引退し...」
そもそも、1980年に山口百恵が引退表明した段階からその年にデビューした女性アイドルは全員「ポスト山口百恵」なんて呼ばれてました。で、1990年に人気があったかは知りませんが、結婚と同時に引退というより、その翌年に出産してそこで引退だったはず。

デビュー曲「スタア」はそこそこ売れたと思うけど、それ以降はあんまり印象に残らず、どちらかというと前回書いたように「徐々に着衣の少なくなる仕事」がメインだった様な気がする。
それもあって、今回調べて初めて知ったんですが、5枚目のシングル「Si! Si! C」という曲のジャケット写真はばっちりビキニ姿らしいです。まさに前回書いたとおりのルート。(アイドルシングルマニアの自分でもそんなジャケットの存在を今まで知らなかったわけですが)
その後仕事は女優業へとシフトしたみたいで、しかも主人公を虐める敵役みたいなのが多かったような気がする。

ついでにTVでは「彼女はチェミィと呼ばれて」と言っていたんですが、そのニックネームで呼ばれていたのはデビュー2年目まで。
実は1982年に同じホリプロから堀ちえみがデビューした際に、同じちえみなので、そっちにそのニックネームがシフトされちゃったという過去があります。ホリプロ的には「スター誕生」経由アイドルより、「ホリプロスカウトキャラバン」経由アイドルの方が王道なので、待遇の違いはしょうがないのかも知れないっす。(正しくは堀ちえみはチェイミィだったかも知れないけれど、ほとんど定着しなかった)

000honda0712しかし、ワイドショー的に中途半端に持ち上げようとしているけど無理があって、逆に痛々しい。
去年の本田美奈子死去の時も「生前そんな事誰も言っていなかっただろ」的に『天使の歌声』とか言っていた。
本田美奈子の場合は少なくとも全盛期もあったし、ヒット曲もあるので、なんとなく納得出来るんだけど、甲斐智枝美の場合、同時代を生きていた人がうっすらと「そう言えばそんな人が」という感じなので、無理して持ち上げればもち上げるほど痛々しい。

000hide0712かつてX-JapanのHideが亡くなった時も、明らかにレポーターもコメンテーターもそのスタジオに居る人が誰一人として「生前知らなかっただろ?」状態なのに、「若きカリスマと呼ばれ」とか「本当にこういう才能がある人が早逝するのは悔しいですね」などと語っていたのよりは、ややマシかな?レベル。
自分はHideに関して生前から知っていましたが「若きカリスマ」なんて呼ばれていた事は知りませんでした。たぶんバリバリにファンだった人ですら「カリスマだったのぉ?」状態だと思います。

そんなこんなで便乗とも思えるような文章を書いているワケですが、ここ数年自分と同年代の芸能人の訃報を年に数回聞くようになり、なんだか切ない気持ちになってしまいます。
平均寿命が80を越えている今、志半ばでこの世を去っていくのは病気だろうと自らだろうと、その無念さがじわりと身に感じます。自分も余命というものを考えた時に「今のままでいい?」とか「何かをまとめる作業に入らなくてはいけないのでは?」と焦燥感に襲われることがあります。まだ何も成していないというのに。
死因は他人がとやかく言えるものではないと思います、ただひたすらご冥福をお祈り致します。

P.S.
実は訃報が報じられた翌日にサイト知泉ではちょいと異常が起こっていました。
彼女のデータもある「知誕Wiki」へのアクセスが通常1日10000ぐらいだったのが一気に20000を超えました。そして甲斐智枝美の項目には1日で3000アクセス(と言うことは他のページにもアクセス多かったという事になりますが)。
さらに異常は、ブログでも起こっていました。このブログへのアクセスは通常多くても500程度なのに、一気に1300超え(ま、それでも少ないと言う人はいるんでしょうが)。しかも午前10時台までは通常どおりで、11時を超えた瞬間から異常にアクセスが急上昇し ....それが真夜中の12時まで続き、なぜか1時にぴたりと止まったまま、翌日からは通常営業状態。
何んだったんですかね?

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コメント

YouTube「甲斐智恵美 スタア」
http://www.youtube.com/watch?v=b3e_SQjVKuE

投稿: | 2006年9月15日 (金) 01時03分

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