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2006年7月 1日 (土)

スイカ

いやぁアツはナツいでんなあ


というワケで7月突入です。ブログを初めてから半年経過して、当初の「ブログなので密度の濃い、有意義な物を書かなくちゃいかん」という基本理念を遙か彼方に置き忘れて、すっかりアホヅラ晒しているような、馬鹿っぷり自慢のブログに成り下がっています。
ま、自分の身の丈考えろって事なんですけどね。

ということで、夏と言えばスイカなんですが(唐突に本題へと話題を切り替えるという、もっとも下手な文章展開の実例)、我が家は元々農家だったんでいくつか畑を所有しているんですが、現在はそれを近隣の農家の方にほとんど税金分程度の謝礼金で貸し出している。
で、オマケとしてそこで採れた収穫物を時々貰っているんですが、毎年恒例のスイカがやって来ました。
といいつつ、実は地元でのスイカの収穫時期がすでにラストスパートに入っていて、もう市場に出してもかなり安く叩かれるので、というタイミングで貰ったりするワケです。

自分の住んでいる静岡では、大昔の子供の頃は「スイカは梅雨明けぐらいからが本格的に収穫出来て、8月のお盆の頃に終わる」という状態だったんですが、年々収穫期が早まって、現在では「ゴールデンウィーク終わった頃から収穫が始まり、7月に入った頃には終わっている」という状態。
つまりスイカは真夏の食べ物じゃなく、初夏の食べ物って事になっているのだ。
これは技術的な革新(ビニールハウス栽培が当たり前になった)と、品種改良が大きいんだけど、それはそもそも「なるべく早く収穫して市場に出したほうが値段が高い」という農家側の事情が優先されている。各農家がなるべく早く!を合い言葉に現在の状態になっているのだ。

小学校の頃、夏休み・8月中旬に収穫が終わるスイカ畑で市場に出されずに処分されるようなちょっと小振りのスイカを貰ってきて、それを丸のまんま冷やし、房部分をくりぬき、そこからスプーンで中をシャクシャクとほじり出しながら食べたってのが記憶として鮮明に残ってるんですが、今ではそれは夏休み前の想い出になっちゃうワケでやんす。

ということでスイカの雑学なんですが、実は数年前、日本テレビで「すいか」というドラマが放送されていました。ともさかりえ小林聡美が主演でほのぼのとしたいい番組(大塚愛のデビュー曲が主題歌)だったんですが、実はそのドラマと知泉は微妙な関係がありました。
ドラマ直接の話ではなく、放送中にネット上で日本テレビが「すいか」のサイトを立ち上げていたんですが、そこに「スイカ一口雑学」というコーナーがあり、そこに知泉で紹介していたすいかに関する雑学が羅列されていました。

といっても、雑学提供依頼があったワケじゃなく、知泉の中「スイカ」の項目をコピペして掲載してあった。
「雑学なんてさ、事実の羅列だから、同じ物があっても自分の処からのコピーだなんて思うってちょっとそれ電波じゃねえの?」とか思われそうなんですが、それが「あ、知泉からだ」と判明したのは、その雑学の最後に『雑学大作戦・知泉より』と書かれていたから。
そうかそうか、よく単行本の最後に『参考文献一覧』と称して本のタイトルが書かれているけれど、あれと同じように出展を明記すれば良しか!と、承諾も無くて出展書いてあるだけってのがちょい腑に落ちない感じもありましたが、別段それでどーこーもないのでそのまんまでした。
という事で、そこにも書いて無かったネタを含めてスイカの雑学を。

スイカの豆知泉

スイカの漢字表記西から来たと言う意味だが、日本から見た西、中国の事ではなく中国から見て西という意味。
本来はアフリカ南部カラハリ砂漠(ボツワナ共和国)が原産地。

エジプトでは4000年前から栽培され中国には12世紀に到着した。日本には16世紀、1579(天正7)年に、ポルトガル人がカボチャと同時に種子を長崎に伝えた。
※寛永年間(1624-1643)渡来説、慶安年間(1648-1652)に隠元禅師が中国から携えてきた説もある。

もっとも古い記録では僧義堂(室町時代の五山僧 1388年没)「空華集」の中にスイカと思われる記述があり、さらに鳥羽僧正(1053-1140)の「鳥獣戲画」でウサギがスイカそっくりの果物を持っている。

江戸にスイカが入ったのが江戸時代1662年だが、スイカの中身が赤いことから「生首を想像させる」という事で、当初はあまり好まれていなかったらしい。それから数10年後には庶民が食べ始め、大名なども食べ始めるようになったので、書物には「西瓜、大立身なり」と書かれている。

スイカが当初嫌われたのは江戸に入った年の前年1661年に由井正雪の乱が起こったことから「スイカが血のように赤いのは自殺した由井正雪のたたりだ!」と言う説が出回った事も関係している。

スイカが今のように甘くなったのは明治時代以降、日本の農業関係者が品種改良で作りあげた物。中国では甘さが少ない事からスイカに砂糖を掛けて食べる事が多い(トマトにも)。日本では逆にをかけて甘さを引き出す手法が生み出された。

スイカに砂糖をかける作法は戦国時代末に中国より伝えられており、飛喜百翁という人物が千利休を招いた折にスイカに砂糖を掛けたという記録が残されている。しかし、利休は砂糖のかかっていない部分だけを食べ「百翁はおもてなしというものをしらない。スイカにはスイカのうまみがあるのに、茶人らしからぬふるまいだ」と語ったと言う逸話が残されている。

西瓜は漢音では「セイガ」、呉音では「サイカ」と呼ぶ。ついでにペルシャ語では「ヘンダワネ」と呼ぶ。

ローマ五輪、東京五輪とオリンピックのマラソンを二連覇した裸足のランナー、アベベ。 彼が給水所に置いていたスペシャルドリンクの中身は、スイカジュース。

スイカの切り売りを考案したのは、1975年大坂羽曳野市の出荷組合。

1991年にスイカの消費新興のために「日本すいか割り協会:JAWA」が設立され、スポーツとしてルールを決めた。競技者とスイカの距離は9.15m、棒の長さは1.2m以内など。

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