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2006年7月 3日 (月)

文庫栞マニア(No.2)1989年11月

1989111989(平成元)年11月:角川文庫
角川文庫:銀色夏生「Balance」¥470


1989年11月04日:オウム真理教対策をしていた坂本弁護士一家が自宅から姿を消す
1989年11月06日:俳優・松田優作が39才で死去
1989年11月07日:ニューヨークにアメリカ初の黒人市長誕生
1989年11月09日:ベルリンの壁の取り壊し作業始まる
1989年11月27日:宝くじの1等賞金が1億円に
なんか、時代が平成に入ったのとシンクロニシティで世界的に色々な物が変化していったような感じ。
第二次世界大戦後に出来たドイツの二分化がなし崩し的に終わり、ベルリンの壁が崩壊した年。ソ連もこの頃から経済的な解れがありアメリカと平和交渉(戦略兵器削減交渉条約)などが始まり1991年にソ連が解体する。
オウム真理教が凶悪な面を表面化してきたり、名優・松田優作が死去したりと大きな話はあるんですが、やはり世界的には「ベルリンの壁崩壊」ですかね?

000_8ベルリンの壁は、東西ドイツを隔てる国境ではなかった。
これに関しては昔自分も勘違いしていました。
東西ドイツは基本的には、ドイツの真ん中で分断されていたのですが、その東ドイツの中にベルリンがあって、そのベルリンを半分に分断してそれぞれの東西ドイツが使っていました。つまり西ベルリンは東ドイツの中に飛び地として存在していたのです。東の人は亡命として、ベルリンの壁を超えて中に入り、その中で生活したり、飛行機を使って西ドイツへ渡る事ができたのです。
実際の国境は鉄条網などで分断されていました。

ベルリンの壁は、いくつもの勘違いが重なって、なし崩し的に壊された。
1989年、東から西へ亡命する人が多く、その対策として「手続きを取れば比較的簡単に海外旅行が出来る」と言う法案が考えられた。その法案を東ベルリン第一書記長が記者団に「すでに決まりました」と勘違いで発表し、さらにTVニュースで「東ドイツが国境を開放」と勘違いした事を報道したため、国境に数千人が壁に集まってしまった。そのニュースを知らなかった国境警備隊が暴動が起こったとさらに勘違いをして危険回避のために国境のゲートを勝手に開けてしまったのです。
その結果、一晩の間に何万人もが国境を越えてしまった為に東西の分断が無くなり、その悪しき象徴ベルリンの壁が市民によって取り壊されることになったのです。

ベルリンの壁は、崩壊後、おみやげ物として売られていた。
ベルリンの壁が市民によって壊された後、その壁の材料は道路建設などに再利用されたそうですが、オークションで歴史資料として販売された物もあります。当然のようにそれでビジネスを始める人も多く「欠片を記念に売ります」と一大産業となった。と言っても実際に売られている物が本物なのか解らず、香港産・台湾産のベルリンの壁も多く出回ったと言われています。中には証明書を付けて販売している業者もいますが、証明書に何の効力があるか不明。
とりあえずベルリンの壁には建設当時は有害だとは思われていなかったアスベストが含有されているそうで、欠片の成分を調べると本物かどうかがある程度は判明出来るそうです。

ベルリンの壁が崩壊した直後、平和慰問団として日本から大相撲興業が現地へ赴いたが、貴花田がベルリンの壁前で「壊れたこのベルリンの壁を見てどう思いますか?」と聞かれ「ベルリンの壁って何んすか?」と答えた。

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