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2006年6月 4日 (日)

近藤真彦「ハイティーン・ブギ」

Kondo01近藤真彦/ハイティーン・ブギ
作詞.松本隆/作曲.編曲.山下達郎
RHS-73/¥700
1982年6月30日リリース


今でもジャニーズ事務所のトップとして君臨し続ける近藤真彦(マッチ)ですが、やはりトップを狙っている少年隊・東山紀之にとっては邪魔な存在なんでしょうかね?
ということで、迂闊な事は書けないジャニーズ事務所のマッチさんの7曲目、同名映画『ハイティーン・ブギ』の主題歌ということでヒットしました。

1st.スニーカーぶるーす
Kondo01_1この曲の作曲.編曲はかの山下達郎がやっています。
この曲からジャニーズと関係を持ち始めたんですが(その理由はのちほど)、実はこの曲が発売される4ヶ月前に雑誌「FMステーション」のインタビューで山下達郎は「歌謡曲的な、というか歌謡曲のように3ヶ月で消費されちゃうような音楽には興味ないんですよ」と答えている。
当時「やっぱヤマタツは音楽愛してんだなぁ」と感心したんですが、その記憶も鮮明な状態で近藤真彦の「ハイティーン・ブギ」がリリースされた時は「騙したのか!」でしたが。

2nd.ヨコハマチーク
Kondo02しかし、腐っても山下達郎(ひどい言い方だなあ)、ただ単に当時流行っていたアイドルの作曲をしたワケではない。実はこの曲で山下達郎は「歌手・近藤真彦」の欠点を克服する作曲論を生み出している。
という話の前に、デビュー曲「スニーカーぶるーす」の話。

「スニーカーぶるーす」は「アイドルのデビュー曲ならおまかせ」の筒美京平の作曲なんですが、当時のジャニーズ事務所はこれといって売れっ子タレントがいない状態で「3年B組金八先生」から人気が出た三人組たのきん(田原俊彦・近藤真彦・野村義男)を売り出す事に心血を注いでいた。
とりあえず田原俊彦はデビュー曲はレイフ・ギャレットのカバー「哀愁でいと」(B面はたのきんが歌う「贈る言葉」)でヒット歌手となっていたので、次の近藤真彦も成功させるために筒美京平のチカラを借りる事になった。

3rd.ブルージンズメモリー
Kondo03ただたんに筒美京平に作曲をしてもらうというだけではなく「いかにヒットする曲を作り上げるか?」という事で、いくつか作ってもらったキャッチーなメロディを組み合わせて「ドコを切ってもサビ」という名曲『スニーカーぶるーす』を作り上げた。
が、この時点で近藤真彦の歌手としての欠点に気づいていなかったのだ。

そのデビュー曲を聴いてみると解るのだが、かなり音程が危ない。危ないというか、揺らいでいる。思わずアルファ波が出て熟睡しちゃいそうなぐらいに揺らいでいる。
その後、シングルを出すたびに徐々にその辺は解消されていったが、やはり決定的な部分では危ない。

4th.ギンギラギンにさりげなく
Kondo04そこでジャニーズから作曲を依頼された山下達郎は近藤真彦の曲をじっくりと聞き込み、どのような場面で音程が危ないか?という事を調べたという。その結果「近藤真彦は音階が上がっていくメロディで音を外すが、逆に下がっていくメロディでは音程を外す事が少ない」という事が判明。
そして出来たのが『ハイティーン・ブギ』。

5th.情熱・熱風・セレナーデ
Kondo05全体のメロディは「♪海辺にバイクを止めて」「♪一瞬マジにお前を抱いた」と最初の音を頂点に下がっていくパターンを多用している。ラストも「これで決まりさ」も下がっていくメロディ。
歴代シングルを並べて聞くと、あきらかにこの曲はメロディだけじゃなく、近藤真彦の歌唱力がアップしたような感じを受けるのだ。さすが山下達郎マジック。

6th.ふられてBAN ZAI
Kondo06ついでに、なぜ近藤真彦と山下達郎か?と言うと、レコード会社が同じRCA所属だったというのもあるけれど、山下達郎の担当ディレクター小杉理宇造が仕掛け人。
氏が山下達郎の作曲能力を伸ばすために、職業作家的な仕事として近藤真彦の曲を依頼したのだ。
小杉理宇造はのちにアルファムーンを創設し、ワーナーミュージック・ジャパンの傘下に入った後、親会社の会長に就任している。この時、まだ45歳だったというので、かなり有能な人だというのが解る。
山下達郎は常に一緒に移籍を続け、現在は山下達郎・竹内まりやの在籍するスマイルカンパニー代表取締役。さらにジャニーズエンタテインメントの音楽アドバイザーを務めている。

8th.ホレたぜ乾杯
Kondo07シングルB面では4枚目「ギンギラギンにさりげなく」のカップリング曲『恋のNON STOP ツーリングロード』という曲で山下達郎は作曲を担当している)

松本隆&山下達郎では「永遠に秘密さ」も。この曲はバラードなのに異常に音域が狭い。これも山下達郎の職人技と研究成果の結実したもの。

KinKi Kidsのデビュー時の音楽アドバイザーに小杉理宇造が就き『硝子の少年』『ジェットコースター・ロマンス 』も山下達郎が作曲。


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コメント

こんにちは、しまふくろうと申します。
山下家とジャニーズの因縁を調べて辿り着きました。
 最近懐メロ番組の作詞・作曲・編曲のクレジットが気になって仕方なく、そのなかの一つとして
今回の「探り」になりました。
 いままでの疑問が一気に氷解しすっきりしました。
 ありがとうございます。

投稿: しまふくろう | 2011年10月11日 (火) 17時33分

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