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2006年6月12日 (月)

松田聖子「赤いスイートピー」

08_1赤いスイートピー
作詩:松本 隆/作曲:呉田 軽穂
1982年1月21日発売
CBSソニー 07SH1112:定価700円


松田聖子という存在は個人的にはあんまりビビビッとはこないんですが、日本芸能史を語る上ではかなり重要な位置を占めているんじゃないかと思うのです。
なにはともあれ彼女がデビューしたのが1980年、ちょうど山口百恵という時代を作ったスター結婚引退を発表したのと入れ違いにデビューしている。

1st.裸足の季節(1980.04.01)
01_2山口百恵にしても、キャンディーズにしても、引退が決まった途端に「ポスト○○○」という空いた穴に誰が入るのか?というのが話題になる。
でも実際の事を言うと、ポストと呼ばれたような人はほとんど成功せずに「二番煎じ」とか「劣化コピー」みたいな扱いで終わってしまう事が多い。
ポスト山口百恵という方向なら同期には三原順子が最有力候補でした。
松田聖子は流れとしては、同じCBSソニーで太田裕美の松本隆+ニューミュージック系ポップスという感じですかね。

実際の事を言うと自分は松田聖子のアイドル的な部分のよさがサッパリ解らない派なんですが、彼女がデビューした当時、諸事情あってTVの無い生活をしていた。音楽はレコードラジオという事で、チャートに松田聖子のデビュー曲「裸足の季節」が入っており、その伸びのあるボーカルは単純に心地いいなとは思っていました。

2nd.青い珊瑚礁(1980.07.01)
02_2ラジオでも周囲でも「松田聖子って可愛いな」と評判になっていたので、初めてテレビで歌っているのを見た時にちょっとショックを受けました「はれぼったい目をしたそこらにいそうなお姉ちゃん」って感じで。

松田聖子のデビューした当時はオイルショックの影もなくなった1980年。ちょうど原宿ではタケノコ族が出現し、大学生は学生サークル花盛りでお揃いのスタジャン着て勉強よりコンパで盛り上がりという、その後のバブルへ続く第一段階の浮かれた時代。確かにノンキでいい時代だったのかも知れない。

そこで松田聖子の歌う世界は時代を反映して、どこぞのリゾート地での恋というのが多かった。歌詞を読むと、どの詩にも生活感は出ていなくて、主人公がどんな人なのかがほとんど解らない状態で、いきなりリゾート地にポツンと出現して恋愛をする。

3rd.風は秋色(1980.10.01)
03_3それまでのアイドルのリゾートソングは「失恋の傷を癒すため」とか「初めて二人で旅行に」とか、リゾートに行くにしても言い訳がどっかにあったような気がする。
その松田聖子の曲はその後どんどんリゾートがエスカレートして、マイアミだったり、セイシェルだったり、マラケッシュだったり、どこでもドアのごとく世界中に説明無しに出かけるようになる。
この辺りはOLなんかが海外旅行にいくようになったり、学生でも卒業旅行で海外なんてのを聞くようになったのが影響しているんじゃないかと。

5th.夏の扉(1981.04.21)
05_2松田聖子がデビューした当時、同世代の女の子の中には「聖子ってぶりぶりしててワザとらしくて嫌い」という評が多かった。
有名なレコード大賞新人賞における「無き大泣き」だとか、時代的に田原俊彦との噂がささやかれていたので、やっかみも多かったのかと思うけれど。
たしかに演技過剰な感もあったんだけど、それは初期だけで途中から路線変更となった。
というのは、多分同時期デビューの河合奈保子の「わかんないっぷり」が演技ではなくホンモノだったのでこりゃ敵わないと思ったに違いないのだ。

11th.野ばらのエチュード(1982.10.21)
11で、当時松田聖子の事を嫌っていた女の子たちってのが、実はすごく「聖子的」な「おまえ、男の前と女同士じゃキャラ全然違うジャン」的な子が多かった様な気がする。
いわゆる同族嫌悪なのだな
(同族嫌悪:似た者同士で嫌い憎み合うこと。本人達は自分たちの似ていることに気付かない。もしくは、気付こうとしない。似ているねと言われると反発する。)

しかも「聖子嫌い」と言っていた女の子に限って「聖子ちゃんカット」だったりするという珍現象もありました。
もっとも「聖子ちゃんカット」という髪型、70年代から延々とあった髪型なんですけどね、それのバリエーションでサイドを外巻きにしたり、さらに発展してサーファー系のレイヤードカットなどに。

13th.天国のキッス(1983.04.27)
13なぜここまで長く売れたか?って事に関しては、アイドル的な部分はよく解らない。
数本の映画に出ているけど、山口百恵の時のような話題になっていなかったような気がする。
やはり松田聖子は「声」なんだと思う。声量もなく音程もさほどなんだけど、声質、そして声での演技力が他のアイドルとは群を抜いている。こればっかりは天性の物だと思うので、他のアイドルは太刀打ちできない部分かもしれない。
だから、松田聖子は「アイドル」という括りをされているけれど、実際はオールマイティなアイドルではなく「歌手をやって存在意義の出るアイドル」なんだと思う。

14th.ガラスの林檎(1983.08.01)
14その歌手としてのワザが最大限に発揮されるのが8枚目の「赤いスイートピー」
出だしの「♪春色の汽車に乗って〜」で静かに始まり、「♪何、故、知り合った日から〜」で徐々に盛り上がり「♪I Will follow you〜」でサビ突入、でリフレインして盛り上がるのかなとみせて「気が弱いけど〜♪素敵な人だから」で一気にクールダウンして、最初のメロディに戻り「♪心の岸辺に咲いた、赤いスイートピー」と一回りして終わる。
凄く静かなジェットコースターなのだ、場面がキラキラ変換していくが、最後にはゆっくりと元の位置に戻ってくる。

16th.Rock'n Rouge(1984.02.01)聖子Ver.2
16作曲は呉田軽穂こと松任谷由実なんですが、彼女の曲の中でもこのメロディの緩急の付け方はベストだと思う。
そして、それにちゃんと答えて松田聖子は1曲の中で色々な声質を(ワザとかすらせたり、張って歌ったり)出している。
個人的にはこの曲1曲だけだとしても日本歌謡史に残る歌手なんじゃないかと思っている。

17th.時間の国のアリス(1984.05.10)
17アイドル的な立場としても、松田聖子以前以後で大きく違った物がある。
それは「アイドルは結婚してもアイドルで有り続ける事が出来る」という部分なのだ。
それ以前のアイドルは完全に仮想恋愛の対象物だったので「恋愛発覚」でファン激減「結婚」で引退というのが大筋だった。それが松田聖子は、結婚してもシングル出し続け、ベストテンにも入っていた。出産した後も、復帰記念でシングルを出している。
ちょうど時代的にワーキングウーマンの「結婚しても働く」「出産しても働く」という流れをアイドル仕事として体現しちゃったということなのかも知れない。
その影響力なのか、それ以降はアイドル的仕事の人も「結婚引退」なんて言葉はほとんど聞かれなくなった。
そういう意味でもエポックメイキング的存在なのだ。

18th.ピンクのモーツァルト(1984.08.01)
18で、今回長い文章を書いたワケですが、その理由の一つに年代順にレコードジャケットを並べるためには長い文章じゃなくちゃダメという理由があったワケです。

今回、顔のアップのジャケばかりを選びましたが、順番通りにみていくと、久留米出身の腫れぼったい目をしたおねえちゃんが、芸能界の荒波に飲まれ腫れぼったさが抜け...14枚目の「ガラスの林檎」と16枚目の「ロックンルージュ」の間に何があったのか解りませんが(15枚目「瞳はダイアモンド」は顔アップではない)、洗練されて目がスッキリパッチリとなっております。それ以降は洗練されたままです。
あの段階できっと人には言えない事情が存在して、ぱっちりになったんでしょうね。
やはり人間、見られ続けると美しくなるという事で。

そして今回改めて順番通りにチェックして気が付いたのは、デビュー当時からジャケット写真は「青い珊瑚礁」以外のすべてがやや斜めからこちらを見ているものなのですが、「瞳はダイアモンド」から突然正面からこっちを見据えた物が多くなっています。

松田聖子の豆知泉

19th.ハートのイアリング(1984.11.01)
19松田聖子のデビュー当時の代名詞になった「ブリっ子」という言葉。松田聖子の歌手デビューは1980年4月1日だが、その1ヶ月前の1980年3月2日に「TVジョッキー」に出演した新人お笑い芸人・山田邦子が「ぶりッ子」という単語を使っている。この時点で「元祖かわい子ぶりっ子」と発言しているらしい。
実はそれより少し前から、江口寿史の漫画「すすめパイレーツ」の中でブリッ子という言葉がギャグとして何度も使われており、山田邦子はそれを読んで引用したとされている。

松田聖子の芸名は1979年日テレ系で放送された「おだいじに」というドラマの役名をそのまま使用している物。
出演者一覧では蒲池法子(役名:松田聖子)となっている。

海外進出時に時計ブランドに引っかけて「SEIKO」で売り出したが、そもそもドラマの役名を決める際、そのまま芸名に使用する事が決まっていたので、海外で通用する「マツダ」と「セイコー」の名前を付けたらしい。

その時苗字は「マツダ」にするか「ホンダ」にするか2案あった。

20th.天使のウィン(1985.01.30)
201999年に公開されたアメリカの映画『私が美しくなった100の秘密』に出演しているが、エンドクレジットには誤植で「Seiko Mastudo」と書かれている。しかも、その松戸聖子は高校生役。(当時37歳)

松田聖子の娘SAYAKAの歌手デビューは当初2002年4月1日に予定されていたが(自分の歌手デビューも4月1日)、鈴木宗男から始まった連日のドタバタ政治劇の影に隠れてしまうと言うことで5月に延期された。

松田聖子の現在の本名は「神田法子」二度目の離婚後、苗字を実家の蒲池にせず最初の結婚時の苗字に戻したため。

手塚治虫は1980年代初期頃、ラジオ番組で好きな女性のタイプという質問に「昔は京マチ子、今なら松田聖子」と答えていた。

日本SF作家クラブの会議で星新一は「榊原郁恵を会員に推薦する」と提案した事があった。その理由は「可愛いから」。他会員の反対にあうと「じゃ松田聖子でもいいよ」と提案した。

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コメント

>芸能界の荒波に飲まれ腫れぼったさが抜け

腫れぼったさが抜けたのは、別の理由かとw

投稿: ss | 2006年6月14日 (水) 12時52分

松田さん、彼女の影響力は計り知れませんね。彼女以降離婚しても力強く生きていく女性が以前に比べて格段にふえましたし。それどころか結婚しなくても自立する女というたくましい女性が多くなったのも彼女から!
男が頼りない時代と言えばそれまでですが、彼女以上のカリスマが結婚アンド出産退職の道筋をつくってくれないと日本の出生率低下はさけられそうに有りませんね。
あっ、ところで知泉的雑記、週刊ココログガイドのトップ掲載おめでとうございます。
http://guide.cocolog-nifty.com/guide/
エッセイストとしての掲載心よりお祝いします。

投稿: | 2006年6月14日 (水) 20時14分

>SSさん
そりゃ「Rock'n Rouge」のジャケ写から、明らかに目の形違ってますから…。今のように、デビュー前になんとか整えてって感じじゃないのが時代です。
たしかマイケルさんがバージョンアップの速度を速めたのもこの頃ですかね?

>無記名さん
松田聖子ってのは現象だったのかもしれません。時代とうまくリンクしたのか、リードしたのか不明ですが、確かに初期の「男にこびた様子」から「唯我独尊」になる姿は世の女性に多大な影響を与えたと思います。
ココログガイドの掲載も、事後承諾で本部より連絡が入って「ありゃりゃ」だったんですが、しかもトップ掲載。
よぉし、次は「ココセレブ」掲載を狙うぞ! ってそれは無理。

投稿: 杉村 | 2006年6月17日 (土) 16時42分

YouTube「松田聖子 赤いスイートピー」
http://www.youtube.com/watch?v=e2SYyhGGJvY

投稿: | 2006年9月15日 (金) 01時19分

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