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2006年5月17日 (水)

清水の舞台から飛び降り

昔からある慣用句で「清水の舞台から飛び降りたつもりで」という言葉があるけれど、5月15日午後6時52分に30〜40歳と見られる男性が、その清水の舞台から飛び降りる事件が発生した。
男性は本堂舞台から約10メートル下の斜面に倒れており死亡していた。


と言うことを、朝出がけのテレ朝のワイドショーでちらっと聞いたのですが、その時コメンテーターの一人が「まさかあの言葉を本気にして実行する人が出てくるとは...、少し考えれば解りそうな物を。前代未聞ですね」などと語っていた。
って、前代未聞ではなく、少なくとも1995年2月にも同様の事件が起こって、そっちも死亡してますがな。

という以前に、この「清水の舞台から飛び降りたつもりになって」という言葉は、実際に江戸時代に「清水信仰」みたいな物で願掛けの一種として何度も行われている。
清水寺塔頭の成就院記録「成就院日記」には、江戸前期・1694(元禄7)年から幕末1864(元治元)年までの清水の舞台から飛び降りた記録が残されている。実際には途中22年間分が紛失していて148年分の記録で、その間に未遂事件を含めて235件が発生したとされている。
つまり、年平均1.6件もの飛び降りが行われていたということになる。

この清水の舞台からの飛び降りは、江戸時代に庶民の間で観音信仰が広まったと同時に発生しており、清水観音に命を託し「飛び降りて助かれば願い事がかない、死んでも成仏できる」ということから身を挺しての吉兆占いみたいな状態が始まったとされている。

男女比は7:3、最年少12歳、最高齢80歳代。10〜20歳代が全体の73%となっている。
そして、飛び降りの生存率は85.4%とけっこう高い。といっても73%をしめる10〜20歳代の生存率が90%となっていて、60歳以上の飛び降りは全員死亡している。
この飛び降りは社会問題にもなっていて、周辺住民の要請で舞台にさくを設けたりもしていたそうですが、最終的に明治時代になり政府が1872(明治5)年に「飛び降り禁止令」を出して、その信仰も下火になったという。
って、それまで禁止とかされていなかったというのも凄い話で。

この飛び降りの死亡率の低さは、途中の木などに引っかかったりする物も含まれるんですが、舞台から地面までの距離は12〜13メートルで、実際の事を言えば自殺するのには高さが足りない。確実に自殺で死ぬためには20メートルが必要とされている。
清水の舞台から飛び降りて死なない為には、しっかりダッシュをして飛び降りる事。真下に落ちると岩で出てきた傾斜があるためにそこで頭を打ったり、バウンドして着地が予測出来なくなるため。
今回の男性も、欄干の外に立ってそこから飛び降りたとされていて、坂の部分に倒れているのが発見されている。

現在、清水の舞台は世界遺産に指定されているために、昔のように柵を設けたり、欄干を高くしたりする事は難しいとされている。
だから、400年後予定の立て直しまで待つのだ。

清水の舞台の豆知泉

京都・清水寺は132本のケヤキを釘も使わずに組み合わせて作られている。ケヤキの耐久年数は約800年と言われていて、現在370年が経過した。実は400年後の立て直しの為、ヒノキの育成がすでに始まっている。

釘を使わない清水寺の建築方法は「地獄どめ」と呼ばれる。

江戸時代の記録で235件の飛び降りが記録されているが、実際に飛び降りたのは234人。一人足りないのは洛中にすんでいた娘が2度飛び下りているため。

清水の舞台はいわゆる芸能ごとをするための能舞台などとは違う。あそこは参拝者たちが眠る場所。そこで寝て、夢の中で観音菩薩のお告げを聞くための場所。

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