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2006年5月27日 (土)

あのねのね「もうゲームはしないよ」

Photo_6あのねのね/もうゲームはしないよ
作詞/作曲:三浦久
1976年:ルチア音楽工業株式会社
¥600


歌手名表記は「あのねのね」ではなく「亜乃根野寝」って、なんか偏差値の高くない珍走団なみですが、この曲以外では「人間は何て悲しいんだろう」という曲でも使っています。
BOOK OFFの社長に清水國明の姉が就任した時にも書いたんですが、自分はかつてあのねのねフリークでした。1980年頃「ネコニャンニャンニャン」とか「パンツ〜丸みえ」とか歌い始めて、なんか違う方へ行ってしまったなぁと醒めてしまったんですが。

Photo_7彼らは、本来ワーナーパイオニア所属なんですが、このシングルだけ自主製作盤で製作・発売が「ルチア音楽工業株式会社」となっています。
当時、自分が住んでいた処では見かけることなく、川崎の親戚の家に遊びにいった時に川崎方面のレコード店で発見し購入した物。
このルチア音楽工業株式会社はどうやら京都にある自主製作レーベル「京都レコード」関連の会社らしいのですが、なぜこの盤だけが自主製作で出たのかは不明。
ルチア盤ではLPも1枚出ているみたいなのですがそっちは未入手。
(京都レコードは京都西京極にあった会社で、東芝EMIから発売する時は平安京レコードと名乗っていたり、色々メジャーよりの活動をしていたみたいです)

あのねのね「雪が降っています」1974.11
Photo_8あのねのねというとコミックソングという認識を世間ではされていますが、この曲は真面目な唄で、作詞・作曲も三浦久となっている。
三浦久とは現在も地道に活動している京都出身のフォーク歌手(現在の本職は女子短大の教授らしい)で、あのねのねのデビュー当時のレコード製作をしていた「京都レコード」の関係者らしい。(京都レコード製作・ワーナー販売)
このシングルのB面は清水国明作詞、原田伸郎作曲のまじめな曲。

あのねのねプラス1「青春旅情」1975.7
Photo_9実はあのねのねの70年代後半にはまじめなシングル曲が多い。どうも、そっち方面へ活動をシフトしようと考えていたみたいなんですが、その戦略は空振りに終わり、それら真面目な曲はほとんど世間的な認知はなく、結局現在でもあのねのねは「コミックソング」という括りだけでしか語られない。
それ故に、その路線がダメだと思った直後に例の「ねこニャンニャンニャン」とかになってしまったんだと思うんですが、あそこまでコミックを意識してしまうと子供向けになってしまうワケで、やはりコミックソングを持続して作り続けるのは難しいだろうなと痛感する。

あのねのね「人間は何て悲しいんだろう」1976.8
Photo_10確かに、マジメ路線に変更する直前の1975年頃、ネタ切れみたいな発言もしており、TV番組「うわさのチャンネル」では歌詞募集をして、送られてきたコミックソング歌詞に曲を付けて歌うコーナーなんかもありました。

真面目な路線に変更したシングル「雪が降っています」は作詞・作曲あのねのねとなっているんですが、その後に出したシングル「青春旅情」は元バックバンドだった河島英五の作詞作曲で、アーティスト名も「あのねのねプラス1(河島英五)」と、なんだかよく判らない物になっている。

あのねのね「さよならは白い雪文字」1976.11
Photo_11さらに「人間は何て悲しいんだろう」「さよならは白い雪文字」の二曲はナッシュビル録音で作詞松本隆、作曲加藤和彦、編曲瀬尾一三という凄いメンツなのだ。
現在発売中の「ベスト撰集 」というベスト盤ではなんとか「雪が降っています」と「青春旅情」を聞くことが出来ますが、それ以外は幻の曲という感じです。

コミックソングを専門にしている歌手というのは古今東西、沢山存在していますが、その多くが最初の頃の勢いを持続出来なくなり、後半は無理矢理企画を持ち上げて、無理矢理曲を仕上げたというやっつけ仕事的になり、端で見ていてイタタ状態になってしまう場合が多々あります。

あのねのねの場合、唄だけじゃなくキャラもあったので、80年代末期頃まで「ヤンヤン歌うスタジオ」があったり、「ものまね紅白」とかの司会もあったり、70年代末は「出没!!おもしろMAP」という現在多いタレント複数名が各地に出かけ面白おかしくレポートする旅番組の元祖的な番組をやっていたり、タレント活動があったので、イタタ状態もそんなキツクはなかったけど。

ちなみに「出没!!おもしろMAP」という番組の1コーナーとして、あのねのねのレポートの途中いきなりムキムキマンが出現して「エンゼル体操」を踊るコーナーはかなり有名になった。
で、このエンゼル体操は凄い。
Photo_12「ムキムキマンのエンゼル体操」(1978年)
作詞:景山民夫、作・編曲:小坂忠
歌:かたせ梨乃&カツヤクキン
口上:清水国明&クーコ
衣装デザイン:小森和子
振付:山上たつひこ 

かたせ梨乃ってあの時点でそれなりの大御所のような気がしていたんだけど、まだ20歳でデビューしたてだったんですね。今回ちょっと調べてビックリしてしまった。

作曲の小坂忠は当時トラ・ミュージックという事務所を運営していて、その事務所に佐藤奈々子という歌手が所属しておりました。で、その佐藤奈々子の作曲などを担当していたのがデビュー前の佐野元春(当時の本職は広告代理店の社員?1978年だと22歳なのでその辺りか)。その関係から「ちょっと佐野くん手伝ってよ」という事で、エンゼル体操のイントロから始まるムキッムキッビニョニョ〜ンという腰砕けなキーボードを演奏しているのは佐野元春。(この曲の作曲、実は佐野元春という噂もある)
兎にも角にも凄いメンツの曲。

さらに「出没!!おもしろMAP」のオープニング曲はインスト物で、超絶テクのギターが繰り広げられていたんだけど、たぶん今まで一度もレコードにもCDにもなっていない。
で、その曲を演奏していたのがチャー。

話はあのねのねから逸れてしまったけれど、とにかくそんなこんなであのねのねが好きだったという話でやんす。

ついでに、BOOK OFFの時の豆知泉で書いていた「あのねのねの弟子出身ブラザーコーン」というのがありましたが、実はコーンと佐野元春は中学の時の同級生。

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コメント

あのねのねっすか。
『今だから愛される本』買った記憶があります。
『空飛ぶ円盤の唄』とか、
大真面目なオーケストラをバックに、
くだらない歌をうたってたりして、
その当時、結構ハマってましたね。
そのねのね名義で歌っていた『愛の調べ』も、
大路線変更ってカンジで、すごく驚かされました。

投稿: エッチぼん | 2006年5月29日 (月) 12時34分

真面目な路線といえば「そのねのね」もありましたね。
あっちは、作詞.橋本淳/作曲.すぎやまこういち、というGSの黄金コンビでした。
といいつつ、アルバムはA面のみマジメで、B面はお笑いソングでしたが。

投稿: 杉村 | 2006年5月30日 (火) 00時18分

出没!!おもしろMAPのエンディング(だったと思う)のcharの曲が急に聴きたくなり、ぐぐったらこのページに辿りつきました。
そうですかやっぱり音源化されてませんか。
壮絶な名曲が再評価されてちゃんとリリースされることを願ってやみません。

投稿: 通りすがり | 2006年12月31日 (日) 18時14分

年をまたぎまして、レスです
最近、テレビで使われる楽曲は発売という前提があって使用される事が多いんですが、昔はドラマの主題歌に使われてもレコードになっていない物も多々あります。
中には大瀧詠一みたいに、CMや番組で使ったジングルまで事細かに管理して、それらをまとめたアルバムを出すアーティストもいますが、ほとんどが使われっぱなしみたいです。(楽曲の権利も番組買い取りとか)
文学界では金子みすゞみたいに散らばった作品を研究家が探し出し、再評価するなどの運動があるワケで、音楽界でもそんな動きがあってもいいのになぁと思ったりしますです。

投稿: 杉村 | 2007年1月 7日 (日) 09時19分

元京都レコードのファンサイトを運営していました。

あのねのねさんは、デビューは京都レコードです。
ワーナー所属ではありません。

発売元がルチアになっているのは、京都レコード自主制作盤と
お考え下さい。
赤とんぼの唄は、キャニオンの販売網で発売されていました。

京都レコードに関してはウィキペディアを参考にして下さい。
私の書いたモノをどなたかが、転載してくれています。

投稿: 摂津のエクレア | 2007年2月19日 (月) 13時02分

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