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2006年5月16日 (火)

DEATH NOTE 完

週刊少年ジャンプで連載していた「DEATH NOTE」が昨日発売号で終わった。


0000death01物語は死神が落とした名前を書かれた人間が死ぬデスノートを廻る物語。
とプロットだけだと、なんか陳腐な話になりかねない物で、実際自分も単行本の1巻が発売される直前までそんな印象を持っていた。

小畑健氏の前作がアニメにもなり、小学生の間で囲碁ブームを引き起こした『ヒカルの碁』で、自分は最初は大昔に囲碁をやっていたと言う事から「こんなの漫画になるの?」と思いつつ、展開の旨さと絵の緻密さに惹かれて全巻読み続けた。
もっともラストは色々な噂が流れるようないきなりの終わり方だったので、かなり続きが読みたいという欲求不満を残してのラストとなった。
そしてその余韻を残したまま小畑健氏の新連載が「DEATH NOTE」だった。

0000death02囲碁漫画とガラッと趣を変えたダークな話だったわけですが、その話のスピード・密度、意表を突く展開、そして物語的に少年ジャンプとは思えないドライな部分は「こりゃ凄いね」的な感じだった。
いわゆる少年ジャンプは「努力・友情・勝利」という3つの合い言葉を中心に物語が展開されると言われている。もっとも現在はパラパラと雑誌を見ると、それで大成功を収めてしまった『ドラゴンボール』の亜流ばっかりって感じで、どのページでもパワーのインフレ状態のバトルが展開されている。そして主人公には仲間が沢山いるというのも同じで(他の作品は読んでいないのですが)、なんかどれも同じ印象。

0000death03その中で「DEATH NOTE」の主人公は誰も信じちゃいないし、自分が行っている事が正義だと思っている(いわゆる本当の意味の確信犯)最悪な人間。ジャンプ的には、かなりギリギリまで踏み込んだ主人公だと思う。
(以下ネタばれ的内容あり)

それ故に、ラストはどう考えても主人公が勝ちを収めて...という事はあり得ないとは思っていた。最初から延々とスタイリッシュにきめている主人公は、ラストのラストにはあまりにも無様な姿をさらして物語は終わった。
エンディングはある意味予想通りだったが、問題は「DEATH NOTE」によって作られた世の中の秩序・価値観がその後の世界にどのような影響を与えるかという部分では、「ま、手堅くまとめたかなぁ」という感じではあります。

0000death04「DEATH NOTE」によって程度の軽い悪人も処罰される事により、特殊な形で平和の均衡が作られた世の中が数年続いているという設定だったので、「DEATH NOTE」による悪の制裁が止まった事により逆方向への反動が起こり、無秩序へと...という事も考えたんですが、さすがに少年ジャンプの良心はそれは認めなかったのかも知れない。

で、現在「DEATH NOTE」の映画が6月と11月に「前後編」連続して上映される事になっている。宣伝文句としては「連続公開は映画界初!」みたいな事言っているけど、「バックトゥザフューチャー」の2・3作も、マトリックスも、日本でも色々あったような気がする。あと、もっと古く、TV以前の映画はプログラムピクチャーといって、続き物が当たり前だったし。
同時に現在、小説化も進んでいるらしいし、さらにTVアニメ化の話もあるという。(ついでにゲーム化も)
おぉ一気にせめてきますな。

0000death05でも、偉いなあと思うのが、この手の映画化・アニメ化っていうのは通常、漫画連載と同時に行われて、アニメで人気を得てさらに連載や単行本が盛り上がるという図式になっているのに、「DEATH NOTE」に関しては「終わる」という地点が見えた段階で映画の話がスタートしていると言うこと。
物語途中なのに映画化をする場合、最終的な終わらせ方が漫画家の意向とはまったく違う方向へ行ってしまう場合もあるし、TVアニメ化の場合はあっという間に原作を消化して、アニメ独自の話が入り込んだりして物語のテンションが別方向へ向かってしまう事が往々にしてある。

0000death06アニメ映画化ということでは、かつて大友克洋が自分で「AKIRA」をアニメ化した時、雑誌での連載はまだまだ佳境の少し前という状態だった。
自分はその時、漫画を愛読していたんだけれど、漫画連載は次第にとぎれがちになり、物語のテンションは下がり、アニメ公開の2・3年後に完結した漫画は、なんかエンディングそれなの?的な感じではあった。ついでに言うとアニメ版も物語は中途半端だし。(その後、大友はアニメに味をしめて漫画をほとんど書かなくなってしまったし)

そう言う意味で「DEATH NOTE」原作の完結と同時の別メディア展開は、かなり画期的だと思う。メインになる漫画版が変な流行に流されることもなく、意図的な部分で完結出来ているので。
しかし、少年ジャンプ編集部とは大もめしたんじゃないかと考えてしまう。

0000death07かつて鳥山明の「ドラゴンボール」は終わりにしたくてしたくてたまらないのに、編集部の意向でダラダラ続けざるを得なくなってあんな大長編になってしまったという。
物語のテンションは鳥山明の職人芸でそれなりにキープしていたけれど、明らかに最初の設定をぶちこわして、パワーのインフレを起こしてワケのわからない話になってしまった。

かなり熱狂的なファンが多かったと聞く「DEATH NOTE」がたった12巻(現在11巻発売)で完結してしまうというのは、作者の意思の強さなんだろうなぁ。
昨今の少年漫画界では20巻、30巻は当たり前になっているので、この長さは凄い事なんだと思う。
単行本として読み返した時に、どんな印象になるのかが楽しみでもある。

しかし、これでこの1・2年、時々コンビニでパラパラ立ち読みしていた漫画が「20世紀少年」と共に連続して終わってしまった。(単行本では購入しているけど)
なんか、寂しいなり。

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コメント

雑誌連載が108話で終わった時は「煩悩の数と同じかぁ、もしかしたらこれも計算か?」とは思ったんですが、その後「単行本は12巻で終わり、13巻だったらできすぎだよなあ」と思っていました。
が、それすら計算どおりだったそうです。
そして、10月13日の金曜日、解説本として「13巻」が発刊されて完結だそうで、作品の内容と共に、色々な仕掛けが計算ずくなのだ。(13巻には本編連載まえに読み切りとして書かれた話も掲載されている)
いやはや。

投稿: 杉村 | 2006年10月14日 (土) 09時43分

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