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2006年5月18日 (木)

BOOK OFFの社長

「赤とんぼの唄」1973.3
01_1以前トリビアの泉で放送された「清水國明がBOOK OFFのCMに出演しているのは、実の姉が常務で、仕事がないなら出してあげるというお情けだった」という、元あのねのねフリークとしては、激しくトホホな物があったわけですが、その常務の姉、橋本真由美さんが、このたび社長に就任だそうで。


1990年に神奈川に出来た1号店のパート募集に「子供の学費の足しに」としてパート入社。翌年に正社員になって、2号店が出来た時に店長に選ばれ、さらに1994年に取締役に昇進している。
パート入社で4年後に取締役って段階で凄い出世なんすけど、ついに社長っす。

「でんでん虫の唄」1974.6
02_1BOOK OFFを自分が住んでいる静岡県東部で初めて見たのは、たぶん1993〜4年頃だと思うけれど、そこからガシガシ色々な処に店舗を増やして、いまやニューヨーク店まであるとんでもないデカイ企業になっている。

このBOOK OFFってのが、古本の意味を凄く変えてしまったというのも事実で、それ以前は本好きとしては古本屋は当たり前の場所だったんですが、一般的にはどうも違っていたらしく、会社で「昨日、三島の古本屋から出てきた処偶然見かけたけど、何してたんだ?あんな場所で」みたいな質問をされたこともある。(東京では古本屋は当たり前なんですけど)
もっともBOOK OFFはそれまでの「古書=希少本=値段が高い」という部分はバッサリと捨て捨てて「古本=安くリサイクル」という部分だけに絞り込んだのが成功の秘訣だったと思う。

「さよならの唄」1973.6
03_1それと、古本屋とは思えないほどの明るい店内と、綺麗な本。それ以前の古本屋にはそれが無かった。そして女性でも入りやすい店内ってのが大きいと思う。それ以前、古本屋で女性の姿を見かけるって事はかなり珍しかった。
古本屋ってのは、暗くてゴチャゴチャした店内、仕事する気があるのか解らない店主、というのが暗黙の了解だったのになぁ。

古書マニアの間で値段が出る本だとしても、買い取り価格や販売価格はBOOK OFFルールで定められている。それ故に、BOOK OFF開店時に並んでいる客の中には、いち早く希少価値のある本を買いあさろうと考えている人もいるらしく、オープンと同時にダッシュで店内に入りガシガシと棚を漁っていくらしい。
その手の連中は古書マニアではなく、ここで安く購入してオークションや他の古書店に転売するのが目的の浅ましい古本トレジャーハンター。

「つくばねの唄」1975.4(放送禁止曲)
04一般に少し古いってだけの本を安く購入出来るので便利なシステムですが、やっぱり新刊書店はかなり打撃を受けているらしい。新刊で購入して1回読んですぐ売りに来る人も多いそうで、新刊でも当たり前のように並んでいる。
以前も、とある漫画本をまとめて買おうと思って数件本屋を廻ったんだけど、全巻揃わなかった。で、最後にBOOK OFFに立ち寄った処、最新刊を含めて全巻が揃っていた。漫画なんかに関しては品揃えは一般書店より豊富って感じ。

「The SAMURAI Lonely Boy」1976.2(つくばねの唄.英語Ver.)
05なにはともあれ「パートから社長に」ってのは凄いことなんだけど、これってBOOK OFFにとってもでかいニュースだと思うのだ。
なんせ、社長を交代したってだけで普通ニュースにはならない。それが大企業だったら別だけど、大手と言っても古本流通業の。それが宣伝費も掛けずに各ニュース番組、モーニングショー、ワイドショーで「BOOK OFFの社長が!」と大々的に報道してくれる。しかもパート主婦からという事で話題性も大きいし、女性関連の団体への受けもムチャクチャいいと思う。
BOOK OFFのポイントアップは凄い事になっているんじゃないかと思うのだ。(ちなみに吉野家も現在の阿部修仁社長はアルバイト店員からの出世)
今回のニュースに関しては、あのねのね清水國明の姉というポイントはほとんど無いと思うが。

あのねのねの豆知泉

もともとあのねのねは五人組としてスタートしている。京都産業大学の学生で、修学旅行生相手の旅館のバイトとして宿泊生徒の前で色々な芸を見せている内に「コンテストに出よう」と意気投合してグループとして出発している。

ギターと歌が歌えたのが清水邦明と原田伸郎のみで、残りの3人は後ろで踊るだけの役回り。

コンテストで歌ったのはオリジナル曲ではなく「ひょっこりひょうたん島」のカバー。特別賞を受賞したが音楽的な部分での評価ではなく、バックの変な踊りが評価されての事だった。そのダンサーの一人が駿河学、後の笑福亭鶴瓶。唯一の女性メンバーは後の鶴瓶の奥さん。もう一人は不明。

そのけったいなグループの噂からレコード会社が動いたのだが、鶴瓶はその時点ですでに落語家になる決意をしており辞退したが、レコード会社にとってさほど興味を引いていなかったボーカルの二人だけが乗り気になっており、引くに引けなくなったレコード会社はとりあえず契約をした。

「ひょっこりひょうたん島」のカバーというと、それ以前は同じ関西出身の「フォーククルセダーズ(加藤和彦北山修端田宣彦)」が有名だったが、あのねのねの活動はそのフォークルを手本としたとされている。
デビュー時に「期間限定活動」と宣言し(フォークルはその通りに解散、あのねのねは後に撤回)、まだ学生だったので「卒業まで学業優先の活動停止(北山修のほうはその後精神科医になる)」、あえてプロ意識を持たずに受けた曲の次はまったく違う曲をリリース、別名義で曲をリリースする(フォークルは「ズートルビー」、あのねのねは「そのねのね」)などなど。

河島英五は「あのねのね」のバックバンドをつとめた「ホモサピエンス」出身。

70年代のあのねのね全盛期、デビューしたばかりのユーミン(荒井由実)が前座を務めたことがある。

小室哲哉はデビュー前にあのねのねのバックバンドに参加していた。

バブルガムブラザースのブラザーコンはあのねのねの弟子出身

とんねるず石橋貴明も高校生時代にあのねのねの弟子オーディションに参加した過去がある。

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