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2006年3月 6日 (月)

目利きではない仏像盗難犯

※色々と忙しいので、今回は以前(1ヶ月経過してしまった)書いて未掲載だった文章です。
2月5日、仏像盗難犯として埼玉県でネイルサロンを経営していた男性が逮捕された。
とりあえず取り調べでは「仏像が大好きでそれを手元に置いておきたかった」などと供述しているのだが、押収された盗難仏像はとにかく取り扱いが雑で、腕や指などが欠損した物が多かったらしい。


どうやら、仏像には興味が無くそれを売りさばいて得る金の方に興味があったらしいのだが、基本的な知識もなく泥棒を繰り返していたらしい。その為に、寺の中にある国宝級の仏像の横にある歴史も浅いほうを盗んだりしていた。(売買の時に国宝級では足が着きやすいので手頃な方を盗んだと考えられていたけど、どうもそうじゃないらしい)
で、仏像と言えば京都なんですが、京都まで出張して泥棒を繰り返していたらしく、2月5日に明日香村の橘寺(聖徳太子建立の7寺の1つ)で仏像を盗もうとしていたこの男が取り押さえられ逮捕となった。

その時の所持品の中に折り畳み式のノコギリがあったんですが、周辺で起こっていた事件でもノコギリで窓の枠などを切断して忍び込むなどの手口があったことから、この男が一連の事件の犯人と考えられている。

そして、その男の無知ぶりってのがとんでもない文化財破壊を招いている。
橘寺から約15kmほど離れた所にある法隆寺の中、西室に安置されていた仏像も盗まれているのだけど、実はそこにあった仏像は昭和になって造られたレプリカ。(本物は国宝)
盗み出した物の金額はさほどなんだけど、実はこの男、西室に忍び込むために西室の格子をノコギリでギコギコと切断して、そこから浸入したのだ。

その破壊した格子を含む西室ってのは法隆寺の西側にあって、普段は法話や説法の場として使用されている建物で、その西室自体が国宝指定を受けている建物なのだ。
つまり、レプリカを盗むために国宝を破壊しちゃったって事で、アホとしか言いようがない。
法隆寺の西室は8世紀に建てられ、11世紀後半に一度焼失した後に1231年に再建され、1955年に国宝として指定されている。

金閣寺を燃やしちゃった僧侶の話なんかは三島由紀夫が小説の題材にするほど、ある種の精神的な葛藤や屈折があった故の事件だけど、この事件はただのマヌケ男のマヌケな犯罪でしかないよなあ。

法隆寺の豆知泉
☆世界最古の木製建築物である法隆寺は640年に消失しており、今の法隆寺は693年に建て直された物。 それでも世界で一番古い木造建築物。
☆昭和14年に法隆寺の金堂壁画を補修するための模写が始まったが当時の白熱灯では正確な色彩が出せないため、東京芝浦電気(後の東芝)で試作段階だった蛍光灯が使われた。これが日本初の蛍光灯。
☆法隆寺で使われている釘は1300年たってもサビていない。
☆法隆寺の柱は途中が太くなっている。これはギリシャ文明の影響がインド経由で伝わった物。と昭和時代の授業でも教わり、観光ガイドも自慢げに話していたが、これは明治時代の建築家・伊東忠太が唱えた説。現在の学会では「偶然だった」と殆ど否定している。
☆法隆寺の昭和大修復の際、お役所が「メートル法の図版しか受け付けない」と言い張ったので、西岡常一棟梁は役所に提出したメートル法の図面とは別に、作業用の尺貫法の図面を準備し使用した。

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