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2006年3月21日 (火)

ぼたもち or おはぎ

↓さて、ぼたもちでしょうか、おはぎでしょうか
00000_2近所のスーパーで「おはぎ」が売っていた。
そして別の店でも「おはぎ」が売っていた。
いわゆる雑学的には「おはぎ」も「ぼたもち」も同じもので、季節によって名前が変わるもの。ってのがあるけれど、季節的に言ったら現在は春分なので「おはぎ」ではなく、それは「ぼたもち」なのだ。


ぼた餅という物自体は鎌倉時代に形状として完成されている。当時は「かい餅」と呼ばれていたワケで『宇治拾遺物語』の中に「児のかい餅したるに空寝したること」と書かれている。
『徒然草』には酒の肴になると記されているので、甘みの少ない物だったのかも知れない。
この「かい餅」という呼び方は、中が軟らかいので「粥餅」と呼んだ物が変化した物とされている。

ぼたもちに似ている牡丹の花
0000語源的には「春に咲く花の牡丹に似ていることから牡丹餅→ぼたもちとなった」。そして秋は牡丹が咲いていないので、代打として秋に咲く萩の名前を付けたとなっている。
でもよく考えてみると、牡丹→ぼたもちは、大きく丸い花の形から連想されたってのは理解できるけれど、萩のどこが似ているって言うのだ?
萩の花はかなり小さく、それも細かく群生しているので、どう考えても牡丹の代わりに秋の花が選ばれたとは考えにくい。

おはぎには似ていない萩の花
00000_3多くの雑学書などでも季節によって変わると書いてあるけれど、どうやら江戸時代(初期)は明確におはぎとぼたもちは違う物だったらしい。
といっても材料は「もち米を丸めた物」+「アンコ」という物。
ぼたもちは現在見られるような、もち米を丸め、アンコで周りを包んだ物。それに対しておはぎは、もち米を丸め、その上からアンコを適当に振りかけるような状態で散らした物。だったそうです。(赤福のアンコ少ないVer.て感じ)
つまり、米の上にパラパラと散らされているアンコを萩の花に見立てた物が「おはぎ」だったとの事。

現在は形状が同じになってしまい、春=ぼたもち、秋=おはぎとなってしまったが、実は夏=夜舟、冬=北窓、という呼び方も江戸時代には存在していた。
これは、ぼたもちは「餅」といっても、杵でぺったんぺったん搗(つ)く物ではなく、蒸した餅米を潰して丸めた物なので、作る時に音がしない→音がしないので「いつ搗いたのか解らない」という事で、夜舟は「真っ暗闇の中、いつ岸に着いたか解らない」と引っかけ、北窓は「北側に向いている窓は月が見えない→月が無い→搗きがなく出来るというダジャレが起源になって呼ばれていたものです。
夜舟には「どこに着くかわからない=ベタベタしてどこに付くか解らない」という謎かけもあったみたいですが。
さらに冬の呼び名で「たどん」という物があったのですが、これは冬場に使う練炭などの事を意味して、見た目からそのように呼ばれていたみたいです。

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