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2006年2月 9日 (木)

サディスティック・ミカ・バンド

サディスティックミカバンドが木村カエラをボーカルに迎えて再結成!
って話が先週流れて、とりあえず2月25日からキリンラガーのCMで「タイムマシーンにお願い」のカバー曲が流れるとの事。
ミカバンドはボーカルを入れ替えて何度も再結成されてますが、日本ではこの手のボーカル代わって成功した例ってのは、他にオメガトライブぐらいですかね?
ミカバンドは1972〜75年が初代ボーカルのミカ、1985年のイベントでのユーミン、1988年の桐島かれんと続き、今回の木村カエラで18年ぶりの復活なのだ。


初代ボーカルは当時加藤和彦の奥さんだったミカ(現.福井ミカ)。
サディスティック・ミカ・バンドというグループ名はジョン・レノンが奥さんのオノ・ヨーコをフューチャリングして結成したバンド「プラスティック・オノ・バンド」のもじりなのが、ちょっと微妙な感じではありますが。

アルバム『サディスティック・ミカ・バンド』
001もともとはスペースサーカスで活動していたドラマー「角田ひろ(現.つのだ☆ひろ)」と加藤和彦が1971年に結成したグループが母体となっていて、そこに「高中正義(G)」「小原礼(B)」が参加してバンドとして完成した。
と言いつつ、シングル「サイクリングブギ(1972)」でレコードデビュー時はドラムは「高橋幸宏」に交代していた。
この時、当時ではまだ珍しかったアーティストがレコード会社の中で独自レーベルを持つという事を加藤和彦が行い「ドーナッツレーベル」が設立されている。

アルバム『黒船』
0021973年に1stアルバム『サディスティック・ミカ・バンド』を発表。この時「今井裕(KEY)」が参加、その後一瞬だけど高中が抜けて「永井充夫(G)」時代もあり。
加藤和彦というと、その前がはしだのりひこ北山修と組んだ「フォーククルセダーズ」の人で、最大のヒット曲が「帰ってきたよっぱらい」で、世間的にはフォークの人だったんだと思うけれど、ここでは一曲目からド派手なロックが展開されている。
当時、T-REXなどのグラムロックが流行っていた事もあるんでしょうが、それをさらに突き抜けた日本人的解釈のロックになっているのだ。

1974年に名作アルバム『黒船』発表。
とにかく名作。
まず、ピンクフロイドなんかで有名だったクリス・トーマス側から「ミカバンドのプロデュースをしたい」という申し出があり制作された。
外人の視線が入った事や、最初から海外マーケットで発売するという予定だった事から、ド派手なロックだけれどエキゾチックなムードを醸し出してる。

アルバム『HOT!MENU』
003hotmenu1975年小原礼が脱退し「後藤次利(B)」が参加。
アルバム『HOT!MENU』発表。
自分的にはロックというのは、歌舞伎者の音楽だと思っているので「格好いい」ってだけのロックは物足りない。どっかに突き抜けて、笑いまで内包した音楽がロックだと思っている。
そう言う意味で、このアルバムに収録されている「マダマダ産婆」「ファンキーMAHJANG」辺りは凄く好き。
高橋幸宏作詞のファンキーMAHJANGの歌詞にある「♪パイ良いカキヌマ」てのは70年代テレビ東京の深夜によく流れていた絵が動かない麻雀牌メーカーのCMから来ている歌詞です。

アルバム『ライブ・イン・ロンドン』
003ロキシーミュージックのオープニングアクト(解りやすく言えば前座)としてイギリスで演奏旅行。日本のバンドがついに海外進出!と話題になった。
もっともイギリスで話題になったのは後藤次利のベースと、ミカのエキゾチックな容姿だけで、それ以外は「日本らしさがない」「洋楽のコピー」と評判はさほどだったらしい。
1975年のイギリスツアーの音源は後に、スタッフが記録用にカセットテープ録音したモノをCD化。

小原礼が抜け、後藤次利に決定する間、細野晴臣やジャック松村もサポートに入った事もある。
今ではベースのテクとして当たり前になっているチョッパーは小原が覚えたものを、後藤がライブで実践したのが日本では初だと言われている。(もっと前にフュージョン系ではあったとも)
このチョッパーに関しては、本来スラップベースという奏法で、この名前になったのは「ドリフターズのベース、いかりや長介が最初に弾いたから長介からチョッパーになった」という説も存在する。そしてスラップベースではなくチョッパーと言い出したのは近田晴夫との事。

で、この年の11月、加藤和彦がミカと離婚をし、その結果バンドは自動的に解散となった。
加藤和彦はソロ活動に入り、残されたメンバー高中正義・高橋幸宏・今井裕・後藤次利は『サディスティックス』というバンドを結成。

時代は経て1985年、国立競技場で行われた国際青年年の記念音楽イベント「All Together Now」(多数のミュージシャンが参加した)の目玉企画として加藤和彦・高中正義・高橋幸宏・後藤次利に、ボーカルへ松任谷由実、キーボードに坂本龍一が加わり『サディスティック・ユーミン・バンド』として1日限りの再結成。
この時点で加藤和彦以外のメンバーも、高中正義は「虹伝説」でギタリストとして頂点に立ち、高橋幸宏はYMOで大成功し世界的に有名になり、後藤次利はおニャン子クラブをはじめとした歌謡曲作曲家としてヒットを連発していた時代。
一般的にバンドが解散すると、ボーカルぐらいしか残らないケースが多いのだが、このミカバンドは解散後、それぞれのメンバーが有名になっていたという希有なバンドだったのだ。
このイベントでは、他にも大滝詠一・細野晴臣・松本隆・鈴木茂の「はっぴいえんど」も復活参加していた。ちなみに作詞家として有名になっていた松本隆は、ドラムを叩くのが10年ぶりという状態で、当時担当していたバンドCCBのドラムに叩き方のレクチャーを受けた。

アルバム『天晴』
0041988年、加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋幸宏にモデルの桐島かれんがボーカルに参加して復活。
バンド名はミカが参加していないが「サディスティック・ミカ・バンド」。
もっともかつてのミカバンドの英語表記「MIKA」が、「MICA」になっているという細かい変更はあった。
この復活はひょんな事からで、元々桐島かれんのレコードを作ろうという企画があって、それで作曲やミュージシャンのメンツが「これってサディスティックミカバンドじゃん」という感じだったので「いっその事、ミカバンドでやってみる?」という転がり方をして再結成に至ったらしい。

アルバム『晴天』
005シングル「Boys and girls」はマツダ・ファミリアのCMソングとして大ヒットし、アルバム『天晴:あっぱれ』もリリース。最初からアルバム一枚の企画として結成されたために、その後シングル一枚、そしてライブアルバム『晴天:せいてん』を出し解散。

そして今回、加藤和彦、高中正義、小原礼、高橋幸宏+ボーカル木村カエラで復活なのだ。
アルバムまでいくのか、シングルだけで終わるのかはまだ発表されていないけれど、とにかく嬉しい。

あまりの嬉しさにただ歴史を書き連ねてしまった。

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コメント

こんにちは。
サディスティックミカバンドの復活話、楽しく読ませて頂きました。
知ってる事には懐かしく、知らなかった事には感心しました。
私も嬉しさのあまりコメントを書かせて頂きました。
加藤和彦さんはフォーククルセダースの頃、兄貴の傍で聞いていたのが始まりで、その後もミカバンドまでを訳も分からず聞いていた感じで、その後私がギターを弾くようになり高中正義さんに傾倒して彼の昔の活動を紐解くにつれミカバンドの事も分かってきたという次第です。
その後加藤和彦さんがソロでタンゴを基調としたアルバムを出していてとても良かった事を思い出しました。
今回もアルバムまで出すなら買いたいです。

投稿: ぶく | 2006年2月 9日 (木) 22時27分

加藤和彦氏はミカバンド後の「それから先のことは」や80年代の「あの頃マリーローランサン」が大好きで、今でも時々思い出したように聞き直している状態です。
フォーククルセダースは2002年、はしだ氏の替わりに坂崎幸之助を加えて復活したので、そろそろ次は…という感じもあったのですが、木村カエラ版ミカバンドは大歓迎です。

投稿: 杉村 | 2006年2月 9日 (木) 22時27分

サディスティック・ミカ・バンドが再結成と聞いてとても懐かしくなりました。私がミカ・バンド(以下SMB)の事を初めて知ったのはちょうど再結成された1989年、私が高校生の時でした。この時は桐島かれんがヴォーカルを勤めていました。一体この人たちは何者なの? なにせ「伝説のロックバンド」と呼ばれていましたからよほど凄い人たちなんだろうと思って見ていました。確かあの「夜のヒットスタジオ」に出演していて「BOYS&GIRLS」という歌を披露しました。あまりにも斬新かつ独特の音楽スタイルやメロディに私は魅了されてしまいました。もともとはもっと昔に活躍していたグループであまり長くは活動しなかったそうですが、ちょっとその当時のことはよくわからなかったのでこの時初めてSMBというグループが日本の音楽シーンに存在した事を知ったのです。最初はもう驚きの連続でした。というのもあの高中正義が在籍していたということすら知りませんでした。SMBの存在によって桐島かれんの事も知りました。しかも加藤和彦がバリバリのロックをやっている事すら超意外でした。加藤和彦というとどうしてもフォークのイメージが付きまとってしまうので「加藤和彦=ロック」というイメージが沸いてきませんでした。ドラムスの高橋幸宏もこの辺りで結構話題になったのでは。後に女優の仙道敦子(現緒方直人夫人)と共演した「職業選択の自由アハハン」で有名な某求人広告誌のCMで一躍時の人に。ベースの小原礼は尾崎亜美の夫ですよね(あの後藤次利も小原の後任として在籍していたのにはまたまた驚き)。桐島かれんもこのSMBのヴォーカルを勤めたことで一躍有名になりました。確かにバンドのメンバー全員が有名になるのはあまり例がありませんよね。しかもリードヴォーカルを替えてこれだけやってこれたのは確かにオメガトライブくらいです。私実はCDやライブビデオとか結構持ってたんです。特にライブCD「晴天」はもう暇さえあれば聴いていました。周囲も呆れるくらいハマッテいましたね。まだ若かったんでしょう。わけわからずに回りを振り返ることもせずに奔放に振舞う事が許されていた時期でした。多少バカやっても無茶やっても若さだけで乗り切れる、そんな青春時代でした。今振り返ると懐かしいです。今回のニュースを聞いてそんな事を色々と振り返っていました。そして今度のヴォーカルは今をときめく木村カエラ。加藤和彦曰く「可愛くて、知性があって、ぶっ飛んでいる」。まさにピッタリです。最高の人選です。17年ぶりの再結成に“乾杯!”

投稿: HIGH SCHOOL ’89 | 2006年3月 4日 (土) 23時16分

今、カエラ版のミカバンドのCMが流れていますが、加藤和彦の「時代は変わる、ラガーは変わるな」というセリフが流れているんですが、加藤和彦変わってしまったなぁ...というのが感想。
すっかりおじいちゃんぽくなってしまった。58歳だから、年相応なのかもしれませんが、イメージの中では常にダンディな感じだったので。
でも、格好いい年の取り方ではあると思います。
まだ、カエラ版ミカバンドがどんな展開をするのかアナウンスは無いんですが、ちょっと期待していますです。
(木村カエラは3月8日に2ndアルバムだして、4月3〜11日にライブがあるので、それ以降だとは思いますが)

投稿: 杉村 | 2006年3月 4日 (土) 23時55分

声の感じが最初のミカバンドを思い出させる上に、歌がかなりグレードアップしてる。CMだけじゃもったいないよ。

投稿: おおつぼ | 2006年3月 5日 (日) 01時30分

木村カエラ版ミカバンド
「Big-Bang,Bang」
http://www.youtube.com/watch?v=HYYHqwUj5WI

投稿: | 2006年10月15日 (日) 16時00分

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